DEAD OR BASEBALL!

oz【MAIL

Vol.164 アテネに向けてささやかな願い事を
2004年01月06日(火)

 いよいよ今年に迫ったアテネ五輪。昨年11月に札幌ドームで行われた野球のアジア予選では、周囲の心配を余所に中国・台湾・韓国に3戦全勝と危な気なく予選通過を決め、様々なメディアで取り上げられた。今年も日本代表チームへの注目度は相当に高くなりそうだ。

 チーム編成については、アテネでの本戦がプロ野球のシーズン開催と重なる為に、今回こそ各球団から2名ずつという枠が適用される見通しだった。しかし、ここにきて長嶋茂雄監督が2人枠の撤廃を各球団に求めたことで、これからもう二転三転あるかもしれない。

 この長嶋監督の要望に対して、真っ先に反応したのが中日の落合博満監督。和歌山県・太地町の落合博満記念館で『この球団は3人、この球団は1人となるなら、一切出しません』と断言し、長嶋監督の要望に真っ向から背を向けた。

 恐らくこの落合発言に賛同する球団関係者は少なくない筈である。チームの利益を考えれば、ペナントレースにおいて最も重要な夏場の期間、主力選手を五輪に持っていかれるだけでも痛いのに、そこに球団毎に人数の差ができれば、素直にイエスと言うことは難しいだろう。「こっちは主力選手を3人も持っていかれて、向こうはゼロ。そんな不公平な状況になる可能性を見過ごすことはできない」という理屈は、各球団の首脳陣やフロントにしてみればかなり本音に近い筈だ。

 落合監督も、アテネ五輪への選手派遣に対して否定的である訳ではない。『各球団が同じ人数ならいくらでも出す。でも、一つの球団が3、4人、一つの球団が0人ではペナントレースが戦えなくなるじゃないか』と言うように、各球団に空く戦力の穴に格差ができることは呑めないということだ。

 国際大会へのプロ野球からの選手派遣に対しては、シドニー五輪で初めてプロ選手が派遣された時から議論が紛糾したままだ。シドニー五輪の際には、パ・リーグは足並みを揃えて各球団から主力級の選手が1人ずつ派遣されたが、セ・リーグは非協力的な態度を変えず、中日・鈴木(現近鉄)、広島・河野(現ダイエー)の2人だけの派遣に留まった。渡邊恒雄・巨人オーナーの影響力も多分にあっただろうが、セ・リーグ各球団に共通していたのは、五輪よりもペナントレースの成績を重視する、企業としての自衛意識だった。

 一昨年の10月に韓国・釜山で行われたアジア大会でのプロ派遣は、主力選手が派遣されることなく一軍半〜二軍クラスの若手選手に留まり、韓国に惨敗を喫している。この結果に危機感を抱いたのかどうかは定かではないが、シドニー五輪で初のプロ派遣をしたことがチームに対するファンの関心を呼び、相当の注目を集めた事実は大きかったのだろう。五輪に対して完全に反旗を翻していた渡邊オーナーが五輪に歩み寄る姿勢を見せたのは、その掌の返し方や思惑はともかく、代表を組む上では取り敢えずプラス材料にはなっている。

 主力選手が夏場にチームを離れることは、戦力ダウンはもちろん、観客動員にも多少の影響が出るだろう。企業としての論理を優先させるか、日の丸の下に選手を派遣する栄誉を取るか。このジレンマは、恐らくアテネ五輪の後になっても解決されない。

 日本代表にベストメンバーを組み、勝利のパーセンテージを限界まで引き上げる努力をするなら、各球団から2名の選出という枠は障害にしかならない。選手の選出に制限を設けた上で最強チームなど組める道理がないからである。もちろん、各チームから2名ずつの枠で代表を組んでも、勝てる可能性はあるだろう。だが、そのパーセンテージは確実に上限値の下になる。

 個人的には2人枠の撤廃には賛成だが、落合監督の言い分も一理ある。と言うより、現場の戦力を預かって戦う身にしてみれば、「不公平があるなら許さない」という論理は至極真っ当とも言える。ここにこの問題の難しさがある。

 韓国では、シドニー五輪にプロ最強チームを送り込む為に、その期間のシーズンを中断する日程を組んだ。ベストチームを送り、尚且つ各球団から選手派遣の不公平感を極力なくすには、確かにこの方法はベストである。日本でそれができないのは、球場のスケジュール問題や試合日程の調整など、野球の外の論理が強く働き過ぎる為に他ならない。

 それはいわゆる「企業の論理」であって、「野球の論理」とはかけ離れた部分にあるものである。そして、五輪の選手派遣に反対している球団関係者の中には、落合監督が問題視しているような「野球の論理」ではなく、恐らく「企業の論理」に縛られている人間も少なからずいるだろう。

 五輪とペナントレース、どちらを優先させるべきかという問題に、正解はないだろう。どちらの立場にいるかによって、その答えはいくらでも変わる。ただ、全面的にプロ選手を派遣してベストチームを組むという掛け声があるのなら、例えそれが建前でも、全力で勝ちにいくことは礼儀である。何に対しての礼儀かと言えば、五輪を取り上げられた形のアマチュア野球に対しての礼儀というのが私の意見だ。

 「長嶋JAPAN」「ドリームチーム」という掛け声の下、アマチュア野球はプロ野球に五輪出場を取り上げられたという事実を忘れたくはない。言い方はきついが、これは紛れもない事実である。ならば、全力で勝ちにいかなければ、アマチュア野球に対する礼儀が立たない。今回のオールプロによる代表を目の上のたんこぶだと思っているアマチュア野球の選手は、きっとそれなりにいる筈である。

 サッカーの日韓ワールドカップが行われた一昨年、日本代表の試合が行われる当日にプロ野球は試合開催を休んだ。私はそれを「サッカーに尻尾を巻いて逃げた。そのことは熱心な野球ファンに対する背信行為だ」と思った。そして今回のアテネ五輪、ベストの戦力を組むことに障害が多いのは予想していたことだが、そのことはアマチュア野球に対する背信行為である。そういう自覚があって、それでも「企業の論理」を盾にしている球団関係者がいるなら、私はその人に野球を語る資格はないと思う。

 ペナントレースの日程を調整することは、本当にできなかったのだろうか。加えて、方策はそれだけではなかった筈だ。ペナントレースを重視する論理も充分わかる。だが、これだけ野球五輪代表に注目が集まっている現状、今回こそ球界はそこから逃げてほしくない。「企業の論理」を守ることで、日本野球そのものに禍根を残してほしくないのだ。

 阪神の星野前監督は、サッカーワールドカップ期間中に試合を休むということに対して、『この日は日本代表を応援する日だから野球を休む。これならば分かる。だけど視聴率が取れないから休むというのは、あまりにも消極的じゃないか』と語ったという。それならば、野球の日本代表を応援する為に、他ならぬ野球ができることはもっとある筈だろう。 

 私は、アテネ五輪で野球日本代表に金メダルを獲得してほしいと本気で思っているし、アメリカや韓国が出場権を逃した今回は、本気で金メダルに手がかかっていると思っている。その意味で、私は「企業の論理」に縛られてもいないし、そこに寄ってもいない。だから言えることかもしれないが、本気の日本代表をアテネで見たいと思っている野球ファンは、きっと少なくないだろう。

 140試合に影響することではない。2週間ばかり主力選手が抜け、その数にバラつきが出たぐらいで、不公平感が出たり屋台骨がグラつくほど、プロ野球は弱々しいものなのだろうか。そうではないだろう。ならば、金メダルに向けて全力を投じることは、プロ野球全体に対する意義も大きいし、それだけの責任はある筈だ。

 アテネで、ベストメンバーの野球日本代表を見たい。そして、勝ってほしい。これは、一介の野球ファンのささやかな願い事である。



BACK   NEXT
目次ページ