DEAD OR BASEBALL!

oz【MAIL

Vol.147 消化試合は存在しない
2003年09月18日(木)

 常軌を逸していると言っても大袈裟には感じさせないほどの熱狂。その渦の中で、今年のセ・リーグの覇者が決まった。阪神タイガース18年ぶりの歓喜という結果の残ったこのシーズン、セ・リーグは俗に言う“消化試合”に突入している。

 「俗に言う」などともったいぶった言い方をしたのは、消化試合などプロ野球には存在しないからである。優勝を決めた阪神にも、優勝を逃した他の5球団にも、残りの試合の中でシビアな戦いはまだまだ残されている。

 敬遠合戦やタイトル争いに関わる主力の意図的な欠場など、勝負論を度外視した茶番劇を肯定する気は一切ないが、“消化試合”という目線で残された公式戦を貶める見方も、それは決して健全ではない。球団にも、そして選手にも、残された10数試合、譲れない戦いが待っている。

 18年ぶりの悲願に、何とも言えない複雑な感情が渦巻いた阪神のビールかけ。その中で、今年のMVP候補にも挙げられている金本知憲が、「秀太トレード」「藤本−鳥谷トレード」と書かれたハチマキを取り出していた。

 そうなのだ。今年の阪神のドラフトでは、東京六大学屈指の三拍子揃った内野手の逸材である早稲田大の鳥谷敬を、自由枠で獲得することがほぼ決定している。鳥谷のポジションはショートだが、鳥谷獲得の口説き文句として「開幕ショートスタメンを確約」したという新聞報道もある。

 繋ぎの打撃と抜群の守備範囲で8番ショートの座を不動にした藤本敦士は、間違いなく今年の阪神の功労者。今岡誠と組んだ二遊間は安定した守備力を見せ、前年.209から.300近くまで引き上げた打力は、7番の矢野輝弘と共に「恐怖の下位打線」とまで言われた。まだ今年26歳、これからさらにもう一皮剥けてもおかしくない選手だ。

 それがドラフトの超目玉を相手に、既に来期のレギュラーを剥奪されたかのような報道もある。首脳陣は当然、鳥谷を獲得すれば藤本とキャンプで競わせる筈だが、少なくとも前評判を天秤ばかりにかけると、決して藤本に分があるとは言いきれない状態だ。

 星野監督も、藤本に対して信頼感を持っていない訳ではないだろう。しかし、そこで手綱を緩めないのもまた星野流の選手操縦術か。

 今期の開幕前、阪神では激しい外野のレギュラー争いが繰り広げられていた。FA移籍の金本、若き主砲の濱中おさむ、勝負強さに定評ある選手会長の桧山進次郎、そしてルーキーイヤーから2年連続盗塁王のスピードスター赤星憲広。この中で最初に脱落しかけたのは、前年に足の故障で長期離脱した赤星だった。一時はショートコンバートという話も出たほどだった。

 足の速さに頼った当て逃げに近いバッティングだった赤星は、レギュラーが約束されない中で必死に打撃改造に取り組んだ。振り抜いて強い打球を飛ばすバッティングに取り組んだ赤星は、春季キャンプの紅白戦でホームランを含む長打を連発。首脳陣にニュー赤星を印象付けたことで、開幕センターの座を確保した。

 その後の赤星は、一時.350近くまで上がった打撃と抜群の守備範囲を誇るセンターの守備、そして9月18日現在で55盗塁を数え3年連続盗塁王が確定的な走塁で、文字通りセ界一のスプリンターに駆け上った。金本の加入で激化した外野戦争の中から羽ばたいた存在と言っていい。星野は恐らく、同じことを鳥谷と藤本に仕掛けているのかもしれない。

 となれば、現時点で「開幕ショート」の切符を渡されようとしている鳥谷に対して、藤本は直接首脳陣にアピールしていくしかない。藤本にとって残りの試合は、決して“消化試合”という気の抜けたコーラのような甘ったるいものではない。来期の「ショート・藤本敦士」を少しでも近付ける為、1試合が非常に重い意味を持ってくる。

 星野はトレード上手な監督としても名高い。中日時代に獲得しリードオフマンとして99年の優勝に大きく貢献、ベストナインにも選ばれた関川浩一しかり、今年正妻の矢野の負担を減らしたスーパーサブ野口寿浩しかり。しかも星野のトレードは、ただ獲得上手なだけではない。日本ハムに移籍し完全に地力を発揮している坪井智哉、今年MVP候補にも挙げられている矢野など、相手球団にも実利をもたらすトレードが印象に残る。「選手を生かすトレード」が上手いのだ。

 実質的なゼネラルマネジャーとしての権限を、星野は阪神で手にした。もともと選手の配置や生かし方に定評のあった星野だが、それは時として選手をドラスティックに切る冷徹な一面にも繋がった。去年のシーズンオフ、星野はベテラン投手を中心にチームの1/3を超える27人の選手を解雇・トレードに踏み切った。

 星野仙一という監督は、勝ってるときも負けているときも、動くと決めたら妥協せずとことん動くタイプの監督である。数字上ではぶっちぎりの優勝を果たした今年のオフも、全体的に高齢化している選手層を考えれば、恐らく何かしらの発破は仕掛けられてもおかしくない。その第一歩が藤本の導火線への着火だとしたら、他の選手に対する妥協なき影響は小さくない筈だ。レギュラーを含めた大多数の選手にとって、消化試合などという生温い根性は一掃されてもいい。

 阪神だけではない。セ・リーグでダントツの最下位に沈んだ横浜では昨日、ルーキーの村田修一が新人歴代6位に並ぶ23号本塁打を放った。古木克明と共に明日の横浜の希望を象徴する村田にとって、ルーキーイヤーの本塁打記録をどこまで伸ばせるかというのは小さくない課題になる筈だ。苦境に立つチームが希望を胸に抱いて心中する覚悟があるか、その方向性も左右され、問われることになる。

 方や15日のオリックス×西武、こちらでは36歳のベテラン大島公一がファールフライをキャッチしようと観客席にダイブしたり、内野ゴロでファーストベースにヘッドスライディングをしたりと、ユニフォームを堂々と汚すハッスルプレーを見せていた。横浜と同様、こちらはパ・リーグのダントツ最下位を走るオリックスだが、ベテラン選手が絶望的な状況でも120%の力を発揮せんとプレーする姿からは、悲壮感にも似た、けれど決してネガティブでもない危機迫るモチベーションを感じた。

 確かにセ・リーグの優勝は決まった。それもぶっちぎりで決まった。恐らく、パ・リーグもこのままダイエーが決めるだろう。だが、それで試合に見所がなくなった訳でもない。ましてや“消化試合”などという甘ったれてふざけた言われ方をする試合など、どこにもない。そこにあるのはプロ野球だという事実は、優勝が決まろうが決まってなかろうが変わらないのだ。

 選手にもチームにも、それぞれに背負ったものがある。背負ったまま、試合はまだ行われる。ファンはそれを見届けて楽しむ権利を持つ。“消化試合”と言って見捨てるのは簡単で勝手だが、それは非常にもったいないことだと思う。

 日本シリーズを見据えるチームがある。来期を睨む選手もいる。試合のひとつひとつに渦巻く、それぞれの喜怒哀楽。140試合目の勝負まで、レギュラーシーズンは2つとないそれぞれの歯車で進んでいく。それは決して“消化試合”ではない。



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