DEAD OR BASEBALL!

oz【MAIL

Vol.142 世界最強の舞台
2003年07月16日(水)

 メジャー7年目。長谷川滋利にとって、初めてのオールスターゲームのマウンドは嬉しさと満足だけが残る舞台ではなかった筈だろう。

 「中継ぎ投手の価値というものをアピールしたい」と長谷川は語っていた。リードした場面だけでなく、同点の場面でもリードされた試合でも敗戦処理でもゲームを壊すことなく投げられる長谷川流メジャーの生き方。今年はここまで0.77という脅威的な防御率を残し、故障の佐々木主浩に変わりシアトル・マリナーズのクローザーを任されるようにもなった。

 堂々たるオールスターゲーム初出場の筈だった。しかし初めて踏む栄光の舞台は、一転して長谷川に容赦なく牙をむく。

 1-0とアメリカン・リーグ1点のリードで向かえた5回表、長谷川はアメリカン・リーグの4番手としてU.S.セルラーフィールドのマウンドに上がるも、緊張からか微妙にコントロールが定まらない。先頭のシェフィールド(ブレーブス)を歩かせると、続くヘルトン(ロッキーズ)に高めの甘いストレートを中越え2ランされ逆転を許す。続くローレン(カージナルス)にも右前安打を打たれ、ロペス(ブレーブス)、ビドロ(エクスポズ)は抑えるも、代打ファーカル(ブレーブス)に中前安打を許したところで、ソーシア監督から交代を告げられた。

 救援のグアルダード(ツインズ)が長谷川の残した走者をホームに招き、長谷川に残った数字は2/3回3安打1四球4失点(自責点4)。1イニングを投げきることもできず、恐らく長谷川にとっては悔しい登板になっただろう。

 メジャーリーグのオールスターゲームは、選手なら誰でも憧れる晴れの舞台であると同時に世界で最も厳しい舞台であることを痛感した。出てくる選手は誰でも超一流のスーパープレーヤーである。打者にしてみれば「こんな投手陣、どうやって打ち崩せばいいんだよ」というラインナップを相手にし、投手にしてみれば「こんな凶悪な打線、ゼロで抑えるのはしんどいぜ」というオーダーだ。

 ボールパークの厳かな空気と、スーパースターが居並ぶフィールドの眩しさ。忘れかけていたことだが、そこは世界最強のベースボールが繰り広げられる舞台である。

 素晴らしい試合だった。息を呑み、一つ一つのプレイに拍手をし、そしてどこまでもベースボールの魅力に浸かることができた素晴らしいゲームだった。約3時間、セレモニーまで含めれば約3時間20分、幸せな時間だった。

 これだけのプレイヤーが一同に会し、自身の誇りと名誉を賭けた真剣勝負に挑む。素晴らしい試合にならない筈がないのだ。世界最強のプレーヤーによる、世界最強の真剣勝負。大袈裟ではなく鳥肌が立った。

 世界最高のサウスポークローザーであるワグナー(ツインズ)の100マイルを一振りでライトスタンドに消し去ったジアンビー(ヤンキース)の凄味は、このフィールドが野球の神に祝福された幸せな舞台であることを、海の向こうからブラウン管を通じて見ていた私にも確信させるものだった。

 試合終了から約一時間半後にこれを書いている。興奮冷め遣らぬ今、改めて考える。なぜこの試合があんなにも素晴らしく見応えのある面白い試合だったのだろう、と。

 そこでベンチに下がった長谷川の悔しさを噛み殺した表情が浮かんできた。

 長谷川は頭のいい投手であり、35歳になる今年に150kmを計時するなど、今が野球人生のピークと思えるような実力を備えた投手である。今年ここまで積み上げてきた数字は、オールスターに選ばれて当然と言えるだけの恐るべきものを残している。長谷川は初のオールスター選出に対して素直に喜びを表した。前日行われたホームランダービーの最中も、息子を隣に連れた長谷川の表情はこの舞台にいることの喜びに満ち溢れたものだったように見えた。

 しかしマウンドに上がった長谷川に待っていたのは試練だった。ナショナル・リーグのオールスター打線というかつてない程の強力打線。そこは栄光に彩られた華やかな舞台であるだけでなく、世界最強のベースボールが繰り広げられる修羅のコロシアムでもあった。

 長谷川は初のオールスターでその怖さを感じたと思う。本気で牙をむく強力なナショナル・リーグ打線は、長谷川がカウントを整えにきた甘い球を容赦なく弾き返した。ここまで順調すぎるほど順調にきた今年の長谷川にとって、こういうマウンドは久しく経験してなかった恐怖に化けたかもしれない。

 長谷川の力が足りなかった訳ではない。ただ、一歩間違えばいつでも打ち込まれる、あるいは簡単に抑えられる……オールスターとはそういう強さと対峙するフィールドであることは間違いないだろう。

 だからこそ私は、興奮して幸せな時間を味わえたのだと思う。世界最強の舞台で、世界最強の選手が繰り広げる、世界最強の真剣勝負。そんなベースボールを味わえたからこそ、この試合を心の底から楽しめたのだと思う。

 日本でもオールスターゲームが行われている。オーダーを見れば、なるほど確かに豪華なメンバーだ。オールスターと言っていいメンバーは揃っている。昨日の第一戦を振り返れば、カブレラの本塁打は圧巻だったし、高橋由が途中出場で二打席連続本塁打したのも見事だった。和田毅や井川の投球にも唸らされた。

 だが、チームの勝ちにこだわる真剣勝負だったかと言えば、それにはどうしても疑問符を付けたくなってしまう。

 この国のオールスターゲームでは、しばしば「真っ向勝負」という言葉が使われる。投手は全力で自分のストレートを投げ込み、打者はそれを真っ向からフルスイングする……そんな“美学”がこの国では随分と幅を利かしてきた。まるで変化球を使う投手や逆方向に軽打する打者が卑怯者であるかのような“美学”、である。

 カブレラを空振り三振に斬って取った井川のストレートは確かに見事だったが、ストレートを待っているところにチェンジアップを投げる方が、はるかに三振を奪える確率は高い。しかしそこで勝負にこだわれば、井川はマスコミから“チキン”だの“卑怯者”だの言われる。解説者もしたり顔で「ここで変化球を投げてはいけませんよ、まっすぐで真っ向勝負しなきゃ」と言う。

 “真っ向勝負”と“正々堂々”は、必ずしもイコールではない。もちろん“真っ向勝負”と“真剣勝負”もまたイコールではない。そして勝負にこだわらない野球は、その時点で既に野球ではない。少なくとも私が観たいのは、定まり事のようにストレートとフルスイングが飛び交うデキレースではない。

 “ミッドサマークラシック”は、オールスターゲームとは何たるかを私に改めて教えてくれた。オールスターゲームとは、世界最強の選手が集う世界最強のベースボールだ。

 日本でも、そんな興奮を味わいたい。世界最強を標榜する日本最強の野球を、心の底から堪能したい。

 その為にはまず、ベンチの中で緊張感なくうちわをパタパタするのは止めようよ。



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