DEAD OR BASEBALL!

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Vol.134 カットボール大流行
2003年04月15日(火)

 今の球界、特にプロ野球で一大ムーブメントとなっている変化球、それがカットボールだ。中継を見ていれば、1試合で投げない投手が出てくる方が珍しいほどの感じを受けるカットボール。この球種がこれだけ流行している裏には、一体どのような背景があるのだろう。

 まずは昨シーズンのデータから、カットボールを武器にしていた投手を、球団別に挙げてみよう(データは主に「プロ野球選手録2003Stats」データスタジアム&田端到著による)。

巨人……上原浩治、工藤公康、高橋尚成

ヤクルト……ケビン・ホッジス、石川雅規

中日……川上憲伸、マーク・バルデス、エディ・ギャラード

阪神……藪恵壹、谷中真二、福原忍

広島……河野昌人、アラン・ニューマン

横浜……三浦大輔、若田部健一

西武……松坂大輔、森慎二、青木勇人

大阪近鉄……三沢興一

福岡ダイエー……杉内俊哉、田之上慶三郎、吉武真太郎

千葉ロッテ……清水直行、加藤康介、ネイサン・ミンチー、小野晋吾

日本ハム……金村暁、正田樹、カルロス・ミラバル

オリックス……金田政彦

 おわかり頂けるだろうか。ほとんどが各チームの主力投手であり、川上や清水のように、この球種をモノにした途端に成績を急上昇させている投手も結構いるのである。

 そもそもカットボールとはどんな球種なのだろうか。一言で言うなら、「ちょっとだけ曲がるストレート」という概念でいいだろう。

 ストレートと同じ軌道・ほぼ同じ球速で打者に向かい、打者が打ちにきたその瞬間僅かにスライドする球種であり、主にバットの芯を外して打たせる球種と言っていい。

 今までこのカットボールが日本で脚光を浴びることはあまりなく、ブームはメジャーリーグの影響である部分が大きいと思うが、以前にもこのカットボール、すなわち「曲がる速球」は日本にも存在した。元阪神の中込伸や現阪神の谷中が投げている「まっスラ」という球種がそれで、中込から背番号1を受け継いだ谷中も「まっスラ」を武器にしているというのは面白い偶然だ。

 ストレートと思って打ちにきた打者の芯を外す。ギリギリまでストレートと同じ顔をして、打者が「もらった!」とバットを振り出した瞬間まで自分の正体が変化球であるということを見せない。インパクトの瞬間に嘲笑うかのように芯を外れ、力無い打球が転がっていく。言葉は悪いがまるで詐欺師のような球種である。

 しかし、よくよく考えてみればこのカットボールという球種、これまでの変化球の概念を180度裏返すという離れ業を演じた、非常に面白い球種と言っていい。

 これまで変化球に求められていた要素、それは「曲がりの大きさ・鋭さ」と「緩急」である。バットを合わせることもできない変化と、ストレートとの球速差で打者のタイミングを外す技術。これがこれまでの変化球の存在意義だった。

 カットボールは、大して曲がりもしないし、球速もストレートとほとんど変わらない。これまでの概念で考えれば、まったくもってダメな変化球なのだが、事実カットボールで勝ち星の山を積み上げた投手が存在する。

 大して曲がらず、球速も変わらない。この2つのマイナス面が組み合わされることで、カットボールは現代野球を席巻する魔球と化した。

 この球種は、打者の目線に近いところで変化すれば、それだけ打ちにくいボールになる。右投手の投げるカットボールが左打者に、左投手の投げるカットボールが右打者にとって厄介なのは、「目線に近いところで、より目線に近い方へ僅かに変化する」という一点に尽きる。

 相対的に不利とされている利き腕と逆の打席に立つ打者、それを封じられる球種をマスターしたならば、成績が伸びるのはある意味でわかりきった結論ではある。

 単純に言えば、ストレートとカットボールをコーナーに投げ続けるだけで、打者にとっては厄介極まりない二択攻撃になる。川上の場合、それに加えて逆方向に速く曲がるシュートをマスターしたことが躍進の原動力になった。カットボールは、投手にとっても打者にとっても選択肢を爆発的に広める球種なのだろう。

 ストレートの握りを少しスライダー寄りにずらし、リリースはほぼストレートと同じで瞬間的に人差し指で切る。はっきり言えば、結構簡単に投げられる球種ではあるが、スウィートスポットの広い金属バットを使う野球では、少々芯を外されただけでも打球は飛んでいくので、危険な球種だ。

 また、僅かに曲がるという特性上、真ん中近辺にアバウトに投げ込んでも効果は薄い。コーナーをついてこそのカットボールということで、緩急や曲がりという騙しが無い分、コントロールは相当のレベルが要求される球種だ。ギリギリ手を出してくれそうなコースに投げないことには、その効果を発揮することができない。

 ツーシームと呼ばれるシュート系のボールも、平たく言えば芯を外すボールである。メジャーのスタンダードボールだった2つのムービングボールが今、日本でも驚異的な旋風を起こしつつあることは間違いない。

 ただ、個人的な考えを言わせてもらうならば、私はこのムービングボールの氾濫にはあまりいい想いを抱いていない。うまく使うピッチャーは確かにうまく使っているが、猫も杓子もカットボールという投球を見ると、安直と言うか、小手先というイメージを持ってしまう。

 カットボールもツーシームも、あまりにもコンビニエンス化している気がするのだ。有効な球種であることは間違いないのだが、果たしてムービングボールをピッチングレベルの物差しとして考えていい投手がどれだけいるか、これだけ氾濫すると少々考えてしまう。

 カットボールの本場アメリカでも、実際に学生や子供にまず教えられる変化球はカーブとチェンジアップだと言われている。カーブは特にそうだが、若いうちから正しく柔らかい肘や手首の使い方をしっかり身に付けないと、キレのある大きなカーブは投げられない。

 今の野球少年がカットボールに味をしめれば、これまでこの国の野球が培ってきた投球技術が失われる恐れがある。カットボールを「便利な球種」だと思ってしまえば、投手全体のレベルは落ちていくことになるだろうと思う。

 カットボールは、野球全体を揺さぶる魔球なのか、それとも安易な発想を蔓延させる破壊の使者なのか。

 少なくとも、高校野球レベルでカットボールが積極的に指導されるようなことになると、この国の野球の未来は危ないような気がする。



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