◆2002年日本選手権シリーズ第四戦 西武ライオンズ×読売ジャイアンツ(西武ドーム)巨人4勝 巨人 020 003 100 │6 西武 000 020 000 │2 勝ち投手 高橋尚1勝 負け投手 松坂2敗 【巨】高橋尚、河原−阿部 【西】西口、松坂、森、豊田−中嶋聡、野田 本塁打 斉藤1号2ラン(2回・西口)、エバンス1号2ラン(5回・高橋尚) 【戦評】最後まで走攻守で圧倒し続けた巨人が4連勝で日本一に駆け上った。二回に斉藤が西口の抜けたスライダーを捕らえ先制の2点本塁打。五回にエバンスの2点本塁打で追い付かれたものの、直後の六回には二死球に代走鈴木の盗塁でチャンスを作り、斉藤、後藤の連続適時打で3点を加え突き放した。巨人先発・高橋尚は低目を丁寧に攻める投球で西武打線を翻弄。西武は先発・西口が粘り強く五回まで試合を作ったが、スクランブル登板の二番手・松坂が試合を壊した。 実はこのシリーズ前、私は松坂をリリーフでフル回転させれば西武有利と考えていた。松坂はリリーフにも高い適性を持ち、スタミナも充分。事実、高校時代も含めて松坂のリリーフミスというものを私は見たことがない。松坂を後ろに回せば、実質先発は5イニングまで投げきればいい計算。4イニングを松坂→森→豊田で繋げば隙の無いリリーフになる上、5イニングで先発を回せば西口、石井、張誌家、許銘傑を中四日で回すことにも無理は無いからだ。 短期決戦だからできる継投策……これを考えたのは、シーズン最終戦での松坂の登板をビデオで見た時。この時点で私は、松坂がシリーズの先発マウンドに登ることは難しいと踏んでいた。この出来なら、一巡はともかく二巡目以降はどうか……その懸念が第一戦で現実になったことは今更語るまでも無い。 松坂をリリーフで使うべきだと私が考えたのは、それでも松坂の力が大きな武器になると信じていたからだ。松坂をリリーフに回せば、森→豊田という磐石の方程式を抱えているだけに、中盤以降相手にかけるプレッシャーは並々ならぬものになる。 凶に出る可能性もあるが、吉に出た場合はこの上無いプラスをチームにもたらす……松坂大輔とは、そういう存在だと思っている。 自身が出場した98年夏の甲子園、準々決勝の明徳義塾高戦。前日に250球を投げながら、6点差を八回に2点差まで追いすがった横浜高は、9回のマウンドに松坂を送り、奇跡的な大逆転劇の扉を開いた。 昨年のワールドシリーズ第七戦、前日に先発して勝ち投手になったランディ・ジョンソンは、24時間の休養のみで1−2とリードされた八回に登板。2イニングを撫で斬りにすると、九回にウォマックとゴンザレスの適時打でダイヤモンドバックスは逆転サヨナラ勝ちし、ワールドチャンピオンに輝いた。八回にブルペンからノッソリと出てきたビッグユニットからは、まるで後光が差しているかのような威厳と神々しさを感じた。 エースのリリーフ回転が一発勝負において切り札になることを、この二つの例は端的に示している。松坂が甲子園のマウンドに上がった時も、ジョンソンがバンクワンボールパークのマウンドに上がった時も、私は流れが激流となって変わっていったことを感じた。 それでも伊原は敢えて松坂を初戦の先発に持ってきた。西武で唯一大舞台の経験を豊富に持った投手であること、「怪物」と呼ばれ続けたプライド、そして松坂の力無くしてはこのシリーズを勝つことは難しいということを、伊原も伊原なりに理解していたのだろう。結果はともかく、そうであるならばなぜ伊原はこの後に及んで松坂をスクランブル登板させたのか。 伊原が松坂を全面的に信頼して初戦のまっさらなマウンドに送ったならば、なぜ「先発・松坂」にこだわらなかったのか。松坂を全面的に信頼して先発させたのなら、なぜ第一戦後の公言通りに松坂を第五戦の先発に回さなかったのか。確かに三連敗という剣が峰の状況において、後のことを考える余裕は無かっただろう。しかし、仮に松坂にとってのリベンジマッチの機会が無くても、松坂を先発で使った以上は先発にこだわり続けるべきだったと、私は思う。リリーフで使うなら、始めからリリーフでフル回転させた方が巨人にとっても脅威だった筈だ。 恐らく伊原は、松坂を全面的に信頼できていなかったのだ。伊原は松坂を全面的にエースとして信じることができなかったから、ここで松坂をリリーフに回した。リリーフでフル回転させることも初戦の先発として心中することもできなかったのは、松坂に対する伊原の微妙な気持ちを表しているように思えてならない。 そんな伊原の気持ちは、伊原から常々エースと呼ばれ続けてきた西口の眼にどのように映ったのだろう。チーム勝ち頭の15勝、7年連続二ケタ勝利、勝ち星こそ無いがシリーズでの先発も4試合経験している西口は、文字通り西武の屋台骨を背負い続けたエース。少なくとも第四戦に先発するような投手ではないことを、恐らくは誰もが知っている。 形の上で、松坂は西口よりも優先的に起用された。昨日の西口は、このシリーズで登板したどの西武投手陣よりも素晴らしい投球を披露していた筈だ。斉藤によもやの一発を食らったものの、ストレートの伸びも変化球のキレも、インコースを果敢に攻める度胸もコントロールも……マウンド上で全身を躍動させる西口の表情は、さしずめ最後の砦を死守する弁慶のような頼もしさに溢れていたように見えた。 5イニングを斉藤の本塁打2失点のみに抑えた西口に、まだ余力は残っていた筈。しかしエバンスの本塁打で追い付いた直後、伊原は西口をあっさり引っ込め、松坂をマウンドに送る。そしてその松坂が死球二つから試合を壊し、西口がもたらせた熱気を霧の様に散らせていった。 伊原が松坂にこだわった理由、松坂に求めた何かは、こちらから窺い知ることはできない。だが、長期離脱の松坂を敢えて先鋒に立て、シーズン中の先発陣を引っ張り続けた西口が第四戦の先発。西口が作った流れを松坂が壊すという、皮肉と言うにはあまりにも残酷な巡り合わせ……西口に対するあまりにも軽い扱いが、西口を軸にして戦ってきた西武ベンチに微妙なズレを生じさせたように思えてならない。 巨人に完璧に力で捻じ伏せられた格好の西武だが、がっぷり四つに組んだ結果、納得して負けたと言うよりは、抜くべき武器を間違えた結果の敗戦のように思えてくる。少なくとも、チームのまとまりという点では巨人と西武には雲泥の差があった。力量差が浮き彫りになったことは間違いないが、「らしさ」の欠片も見せられないまま沈んだ西武に消化不良を感じたことも事実だ。 歴史は繰り返すと言うが、黄金時代の西武に4連敗を喫した90年の巨人は、今年の西武同様に公式戦で投げていなかった槙原を初戦の先発に立て、リズムを完全に掴み損ねた。 総合力で席巻の西武、個人能力の高さで圧倒の巨人。噛み合わなかった歯車は、最後まで名勝負を生み出さなかった。 西武ドームに広がる巨人ファンの歓喜。裏腹に、狭山丘陵を吹き荒ぶ風はどこまでも冷えていたかも知れない。少なくとも、野球ファンの眼は冷ややかではないだろうか。 11月は近い。原の胴上げで迎えた野球シーズンの終幕は、パ・リーグの弱体化という制度面の限界を提示し、重い宿題を残すことになる。
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