DEAD OR BASEBALL!

oz【MAIL

Vol.98 2002日本シリーズ回顧(第三戦)
2002年10月30日(水)

◆ 2002年日本選手権シリーズ第三戦 
西武ライオンズ×読売ジャイアンツ(西武ドーム)巨人3勝

巨人 012 400 120 │10
西武 100 000 010 │2

勝ち投手 工藤1勝
負け投手 張誌家1敗

【巨】工藤、条辺−阿部
【西】張誌家、三井、許銘傑、土肥、潮崎−伊東、中嶋聡

本塁打 清原2号ソロ(2回・張誌家)、二岡1号満塁(4回・三井)
     高橋由1号2ラン(8回・土肥)、松井稼1号ソロ(8回・工藤)

【戦評】巨人打線の止まらない勢いが西武を圧倒した。1点を先制された直後の二回には清原のソロ本塁打であっさり追い付くと、三回は3本の二塁打などで2点を勝ち越し。4回は好調二岡の満塁弾で勝負を決めた。甘い球を見逃さない集中力は恐ろしさすら感じる。西武は今シリーズ初の先制点を挙げたものの打線が繋がらず、中盤からペースを掴んだ工藤の投球を捕まえられなかった。



 39歳の年齢に14回目の日本シリーズ。そんな数字は、時に「シリーズを知り尽くした男」「勝つツボを知った投球術」という言葉に置き換えられそうだが、少なくとも昨日の工藤にそんな余裕はなかった筈だ。



 連勝して敵地に乗り込む巨人。しかし伊原の頭の中に、過程はともかくこの結果は頭の中で最悪の場合として想定されていた筈。松坂と石井はハマった時の勢いは手の付けようが無いが、悪い時はとことん脆く崩れるタイプ。短期決戦で勢いを付ける為のリスキーな選択のように思えるが、仮に連敗しても張誌家と西口、安定感ある二枚で差し返せると踏んでいたと思うのだ。

 言うなれば、バクチ要素の強い松坂・石井という二枚は実質的な裏ローテーション。安定度を武器にできる張誌家・西口は表ローテーション。常に最悪の場合の保険をかけておく危機管理に長けた伊原なら、それぐらいのことを考えていてもおかしくない。

 同じことを原も考えていたのではないか。修正能力に進歩を見せた上原・悪いなりの投球に長けた桑田は、言うなれば巨人の表ローテーション。裏ローテーションに表ローテーションをぶつける以上、本拠地で五分の戦績では苦しい戦いになることを、恐らく原は覚悟していた筈。

 最高の範囲で計算通りの巨人、最悪の範囲で計算通りの西武。それだけに第三戦は只の一試合ではなく、事実上シリーズの分水嶺だったと言っていい。ここを制した方がシリーズを掴む……星の上の話ではなく、実際にそうなると私は思っていた。



 こう言っては失礼だが、それだけに工藤にとっては厳しい試合になると考えていた。自軍にとっていい流れが短期決戦で変わるなら、工藤が張誌家に投げ負けた時ではなく、工藤が西武打線に捕まった時だと思っていたからだ。つまり、第一戦・第二戦の逆を再現されることである。原にとっては表ローテーションにぶつける裏ローテーション……大袈裟でなく、工藤の左肩にはシリーズの命運そのものがのしかかっていた。

 立ち上がりの悪い工藤らしく、初回は苦しんだ。先頭の松井稼に左前安打を浴び、続く小関。思えば、この打席の初球に投じたカーブが、この試合のキーポイントだったように思う。縦に割れずに大きく外角ボールゾーンに流れたカーブが阿部のミットへ。立ち上がりの工藤は明かにフォームのバランスを欠いていた。

 小関には2−1と追い込みながら、真ん中低目のストレートを見事に打ち返された。自身の右太腿に当たる内野安打。治療の為にベンチに下がりながら、工藤は必死で考えていた筈だ。カーブは武器にならない。ストレートは狙われている上に走りがもう一つ。スライダーだけで凌いでいくにも分が悪い……マウンドに戻った工藤は、ためらうことなく懐刀を抜いてきた。

 相手がストレートを狙ってきているなら、それを利用すればいい。工藤の結論は、フォークボールの大盤振る舞いだった。カーブとストレートを見せ球に、スライダーとフォークで打者の目線を揺さぶり、自身のエンジンが暖まるまで凌いでいく。シーズン中よりも明らかにフォークの比率が多いその投球は、エンジンがかかり始めたように見えた西武打線を手玉に取っていった。

 初回に1点を先行され、なおも一死二、三塁で和田を迎えた場面。これまで当たりの出ていない和田のバットで追加点を許したら、恐らくこの試合の展開はガラリと変わっていた筈だ。しかし、ここで工藤が本領を発揮。低目のフォーク、スライダーで目線を揺さぶられた和田は、高目のストレートにバットが合わない。「恐怖の五番打者」をそのまま眠らせた工藤は、結局この回を1点で凌ぐ。

 もがいてもがいて1点しか奪えなかった西武と、0−3からの甘い球を完璧に捕らえた清原の本塁打で追い付いた巨人。同じ1点でもまるで成分が違うことを知った時、既に勝敗は決していたのかも知れない。トップギアに上がった工藤は、西武打線に連打を許さない。結局八回まで投げきり2失点。メリハリのきいた投球で、最後まで西武打線の照準を狂わせ続けた。



 二岡の満塁弾に象徴される華やかな破壊力。その裏で、苦しみながらひっそりと巨大なプレッシャーを背負い、ノラリクラリと持ち味を出した工藤の魔術。余裕の無い中でも切ることのできるカードを持っている、そういう無手勝流の強さが、今年の巨人にはある。無意識のうちにおっかなびっくり投げているような西部投手陣との差は、一言で言えば「懐の深さ」ではないだろうか。

 今年の巨人が「巨大戦力」という一言だけではくくれない強さを持っているのは、個々人の修正能力が非常に高いからだろう。巨大戦力を維持し続けたからこそ、全く苦しむことなく下馬評どおりにシーズンを制した。そして日本シリーズも、全く苦しむことなくここまで三連勝。西武に打つ手を与えていない。

 ついでに言うなら工藤は、松坂を7番、石井を8番に置いてまでこだわった「9番・高木浩」を、宮地と並んでスタメンから外した西武のオーダーにも救われたかも知れない。工藤は関川、立浪、坪井という左の巧打者には割と打ち込まれている「左嫌い」。結果的にマクレーンの起用は成功し、振れている平尾は外したくないということだったのだろうが、やはり短期決戦では先に動いた方が憂き目を見る。これについては多くを語る気は無いが。



 これまでの歴史の中で三連勝スタートしながら日本一を逃したケースは、たったの二度。そのどちらも巨人が絡んでいて、58年は西鉄相手にまさかの三連勝→四連敗、89年は近鉄相手に三連敗→四連勝。

 今の巨人の戦い方を見ていれば、余計なデータなど何の意味も無いように思えてくる。



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