月の輪通信 日々の想い
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アユコ、受験生。 万一に備えて受験した私立高校は合格した。 そして今日、第一志望である公立後期の出願初日。 友達の多くは受験する学校ごとに集まって願書提出に出かけていったが、アユコは一緒には行かなかった。 最後まで志望校を絞りきれなかったアユコは、他の受験生達の出願状況を見てから最終的な受験校を決め、締めきりぎりぎりに願書を提出するのだという。
危なげなく入れそうなA高校と、アユコの実力ではかなり背伸びの必要なB高校。 「電車の定期券を持って通える、街の学校がいいの」と、B高校を目標に頑張ってきたアユコだが、最終決定の時期になって倍率の高いB高校受験には不安が残る。担任の先生との懇談ではこれまで視野に入れていなかった別のC高校D高校も考えてみてはどうかといわれた。 出願まであと数日という時期になって、どうにも最後の決断が下せない。 悶々と考えあぐねる日々が続く。 仲のいい友達や先生、オニイや父さん母さん、いろんな人に「どうしたらいいと思う?」と聞いてみても、結局のところ決断するのはアユコ自身。 誰もその選択の末にやってくる結果を変わりに引き受けてくれるわけではない。 「自分の道を自分で選ぶ」 そんな難しい、人生最初の岐路にアユコは今立たされているのだなあと思う。
「そんなに苦しい思いをするのなら、比較的安全圏といわれているA高校でいいじゃないの。通学も近いし、落ち着いたいい学校だし。」 ついついわが子にとって危険の少ない安全な道を勧めてしまいそうになる愚かな母。 「うん、そうなんだけど。A高校もいやじゃないんだけど。」 と、涙をいっぱい浮かべてアユコは首を振る。 いつも一所懸命で生真面目なアユコ。 当初の目標のをあきらめて、楽に越せそうなハードルを余裕でまたぎ越す選択をする自分自身をどうしても許せないらしい。
頑固なヤツだなぁと呆れつつ、ン十年前、同じように高すぎるハードルに果敢に挑戦して撃沈し一年の浪人生生活を余儀なくされたどこかの頑固娘のことに想いが至る。 あの時父母は、撃沈確実の無謀な受験に臨む娘をどんな想いで送り出したのだろう。 若い頑固娘の頭の中は自分のことだけでいっぱいで、父や母のことを考える余裕はなかった。 「自分の道は自分で選ぶしかない」という現実に直面して、初めて自分の足で歩むことの怖さにただただ震える思いだった。 その背中に、黙ってわがままを通させてくれた父や母の暖かい見守りがあったことに気づいたのは、ずっとずっと大人になってからのことだったように思う。
先日、ふらりと出かけたデパ地下の出店で、懐かしいあんパンを見かけた。 大学近くの小さなパン屋でよく買っていた小ぶりのあんパン。懐かしい想いで、思わず買って帰った。 予想通り撃沈した1年目の受験発表の折、私はそのパン屋の側の公衆電話から「やっぱりだめだったよ。」と、母に不合格を知らせた。 パン屋の店先からは、トレーに山積みされた焼きたてのあんパンの香りが香ばしく流れてきた。 「きっと来年こそは、晴れてこの学校に合格してあのあんパンを買ってやる」と、溢れる涙をゴシゴシとぬぐったことを覚えている。 買って帰ったあんパンを前に、そんな思い出をアユコに語った。
受験生を前に、不合格の思い出のパンとは縁起でもない。 けれどもそれは、 「自分の道は自分で選ぶしかない」 「選んだ末に訪れる結果は自分で引き受けるしかない」ということを私が学んだ日のほろ苦い思い出の味だ。 素朴なあんぱんのほのかな甘みは、苦渋の選択の期限が迫るアプコに何を教えてくれるのだろう。 「がんばれ、頑張れ」とただただ祈る気持ちでアユコの選択を見守る。 まだもうしばらく、悶々と悩みうろたえる日々が続きそうだ。
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