月の輪通信 日々の想い
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深夜、突然に目覚めた。 嫌な夢を見たような気もするけど、思い出せない。 息詰まるような不安な思いに駆られて、眠れなくなった。
傍らには、早朝の窯詰めに備えて仮眠をとる父さんの規則正しい寝息。 明日は和歌山の展示会の搬入。 工房では、ぎりぎり滑り込みで持ち込む作品をまだ焼いている。 窯は夜昼問わず、フル回転。 その合間を縫って、父さんは家で短時間の仮眠を取る。 分刻みのタイマーを仕掛けて、目覚めればすぐに工房へ戻っていく。 その繰り返し。
何が苦しいというわけでもない。 それなのに時々熱病のように湧いてくる漠然とした不安。 黒く圧し掛かる想いを一人では抱えかねて、眠っている父さんの側に添う。 静かな寝息を聴きながら、胸の上に置かれた父さんの手にそっと触れてみた。 眠っているはずの父さんの手がゆっくりと動いて、遠慮がちに触れた私の手を暖かく包んだ。 「しまった、起こしてしまったか」とも思ったけれど、規則正しい寝息のリズムはそのままで目覚めたような気配はない。
疲れ果てて熟睡しているときでさえ、私はこの人に守られているのだな。 眠っている父さんの暖かな手を通して、私の中に静かな力が満ちてくる。 怯むことはない。 この人がそばに居る限り、多分明日も大丈夫。 満たされた思いで父さんの寝息の数を数えながら、いつの間にか私も眠りに落ちた。
それだけのお話。
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