月の輪通信 日々の想い
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次の展示会に向けて急ピッチの仕事が続く。 作業台、乾燥室、窯場と慌しく行き来しながら最後の追い込み仕事に励む父さんの傍らで、数物のお皿の釉薬掛けを続ける。
私が仕事をするのは、相変わらずひいばあちゃんの作業場。ひいばあちゃんが使っていらした道具類や前掛けもまだそのまんま。うっすらと埃をかぶって作業台の一部のように溶け込んで鎮座している。 ほんの数年前までひいばあちゃんは、ここでキイキイと鳴る古い作業椅子に座り、来る日も来る日も土をひねり、黙々と釉薬掛けをしておられた。 その同じ椅子に腰掛け、見習い職人はたどたどしく刷毛を動かす。 刷毛にたっぷりと白い釉薬を含ませ、栗茶のかかった素焼きの生地を撫でる。見る間に染み透っていく釉薬を乾ききらぬうちに手早く円を描く。
この場所はもう、ひいばあちゃんの作業場ではなくなってしまったのだなぁと改めて思う。 生前は、ふいに思い出したように作業場へ降りてきて土をひねっていかれるひいばあちゃんを迎えるために、何となく借り物の落ち着かない気分で腰掛けていた作業椅子。 ひいばあちゃんがおられなくなった今、もうこの場所は紛れもなく私の仕事場。これから先何年も、この場所で私は釉薬をあわせ、父さんの背中を見ながら釉掛けの仕事をしていくのだろう。
「仕事は楽しい。 夜、寝るときに『明日はどんなものを作ろうか』『明日は何の仕事をしようか』と考えるのが、何より楽しい。」 97歳の春、ひいばあちゃんは入院中のベッドの上でこんなことを話してくれた。生涯職人としての気概を失わなかった偉大な先人であるひいばあちゃんを想う。 私には、この人の席に座る資格が本当にあるのだろうか。 私に与えられたこの椅子は、まだ今一つ、落ち着かない。
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