月の輪通信 日々の想い
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アプコは、大きな声を出してワァワァと泣いた。 アユコは、アプコの肩を抱いてしゃくりあげていた。 その後ろでゲンは唇をへの字に結び、宙空を見上げていた。 部活から全速力で自転車を飛ばして帰ってきたオニイは、人のいないところで眼鏡をはずし、拳で頬をぬぐっていた。 ひいばあちゃんが逝ってしまった。
子ども達にとってひいばあちゃんは、居間のドアを開けるといつもTVの前に座っていて、顔を見ると「やぁ、きたきた!」と喜んで到来物のお菓子を勧めてくれる優しい存在だった。 そして窯元という仕事を意識し始めているオニイにとっては、偉大なる先代夫人、生涯変わらず職人仕事を極めた尊敬すべき先人だった。 ただ眠っているかのように横たわっている穏やかなひいばあちゃんが、もう物言わぬ、遠い存在になってしまったということを、このとき子ども達は本当に実感として理解していたのだろうか。
通夜、告別式があわただしく過ぎていった。 ひいばあちゃんのお線香番を代わる代わる務め、おじいちゃんおばあちゃんのそばに付き添い、子ども達はそれぞれに自分達の役割をよく果たしくれた。知らぬ間に怒涛のように進んでいく葬儀の流れの中で、ひいばあちゃんとの別れの悲しさとは別に、何となく新しいイベントに臨む様な独特の高揚感が漏れていた気がする。 棺にちんまりと収まったひいばあちゃんを見て、弔問の人たちは「きれいなお顔をなさって・・・」と口々におっしゃってくださったけれど、ひいばあちゃんはまるでついさっきふいと居眠ってしまわれたばかりのようで、子ども達は誰もドライアイスで冷たくなったお顔に手を触れようとはしなかった。
告別式を終え、火葬場へゆく。 読経のあと、エレベーターの扉のような火葬炉の中へひいばあちゃんの棺は消えた。 「ねぇ、おかあさん、ひいばあちゃんはどこへいくの?」 葬儀場へいったん帰るマイクロバスの中で、アプコが小声で私に聞いた。 天国?極楽?あの世?黄泉の国?そんな答えがあれこれグルグル私の頭をよぎったけれど、アプコが求めていた答えはそういう類のものではなかった。 火葬に立ち会ったことのないアプコは、ひいばあちゃんの棺を扉の向こうにすでに埋葬してきたものかと思ったらしい。いつもお墓参りに行くお墓に入れるはずなのに、何故ひいばあちゃんの棺を置いてみんなが帰ってきてしまうのかがよく判らなかったのだろう。 言葉を選び選び、埋葬までの流れを説明してやった。 そういえばアプコ以外のほかの子たちも、何度かお葬式には出たことがあるものの、お骨上げの場には立ち会ったことがなかったかもしれない。
扉の向こうから引き出された台の上には、もうひいばあちゃんは居なかった。 「ここが手。ここが足。そしてここがお顔です。この部分が喉仏ですね。」 真っ白な紙細工のように燃え尽きたひいばあちゃんのお骨。 はじめて見る火葬後の姿に心を衝かれたか、子ども達は何となく後ずさって、お骨に集まる大人たちに席を譲った。 アプコは、お骨を拾うお箸をなかなか持ちたがらなかった。 アユコがアプコと一緒に手を添えて、ひいばあちゃんの手指のお骨を拾った。 オニイも口数が少なくなり、宙を見上げていた。 一人ゲンだけが私の側に寄って来て 「こんなこと、言っちゃいけないかも知れないけど、人間も『モノ』だったんだよね。」といった。
そだね。 確かに、「ヒト」も「モノ」なんだよね。 父さんも母さんも、君も兄弟達も、最後はこんな風に真っ白な「モノ」になるんだ。 でも、その「モノ」が、笑ったり悲しかったり苦しんだりするって言うのが不思議だね。 人間のモノじゃない部分は、いったいどこに行くんだろうね。 そんなことを話していたら、アプコがぎゅっと私の手を握った。 「おかあさん」 潤んだ目で見上げたきり、後の言葉が続かない。 暖かいアプコの手。 「モノ」だけど「モノ」じゃない、生きているアプコの手。
「ひいばあちゃんはどこへいくの?」 ごめん、アプコ。 お母さんにはわからない。
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