月の輪通信 日々の想い
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最近になって遅ればせながら、某動画配信サイトの使い方を覚えた。 嬉しくなって、名簿入力などのPC仕事の傍ら、昔好きだったロックバンドの古い映像などをあれこれ拾ってきては、BGM代わりに流し続けていた。 少女コミックのヒーローのような異形のステージ衣装。 脳天に突き抜けるような激しいシャウト。 何度も何度も繰り返す怒りのメッセージ。 もはや40過ぎのおばさんの私には、ボーカリストの煽りに応えてこぶしを振り上げるエネルギーはないが、若き日の胸の疼くような熱い憧れの思いのかけらを思い出し、懐かしい気持ちになる。
昔、このバンドのライブツアー前のメンバー達の日常を描いたドキュメンタリー番組を見たことがある。 ボーカリストが新しい曲作りに苦心し不眠不休で悶々とのたうつ姿や、演奏のスタイルをめぐってのメンバー同士の激しい言葉の応酬。衣装合わせやリハーサルの様子など、華やかなステージの裏側で見せるメンバー達の素顔が描かれていた。 音楽を楽しむというよりは、頑固な職人達のモノづくりの現場を思わせる地味で着実な作業の積み重ね。憧れのボーカリストの憔悴した素顔を見ながら、できることならお傍によって熱いコーヒーの一杯でも入れて差し上げたいと、夢見る少女は一人妄想を膨らませたものだった。
工房では今、父さんが今月末から始まる大きな展示会に向けて、不休の制作の日々を送っている。 制作のアイディアが浮かぶまでの鬱々としたジレンマの時期をようやく乗り越え、あとは時間と疲労との戦いあるのみ。 その鬼気迫る緊迫感に、工房へ足を踏み入れることすら怖くなるときもある。下手に声をかけると、集中力が途切れると噛み付かれそうな空気がピリピリと痛い。出来るだけ刺激しないように足音をしのばせ、使い終わった刷毛を洗い、新しい釉薬を溶き、土屑を片付ける。 制作意欲の波に乗りかかった父さんは、一人別世界に迷い込んでしまったかのように振り向きもしない。背中を丸め、一心に土を削り、繊細な釉薬掛けに瞳を凝らし、黙々と窯詰めを行う。
何も言わずに放っておけばこの人は、食べることも、眠ることも、しばし横になることすらも忘れてしまうのではないだろうか。 仕事の切れ目を見計らって、ストーブのお湯でコーヒーを入れる。 釉薬の容器や道具類で散らかったテーブルに父さんの大きなマグを置いて、「置いとくよ」とだけ声をかけて、静かに工房から退散する。 「少し、休んだほうがいいよ。」と言う言葉を、なるたけこぼさぬ様に唇を固くつぐんで。
もしかしたら今、私は少女の頃強く憧れた「誰かのためにコーヒーを入れる私」という淡く幼い夢を現実のものとして味わっているのかもしれない。 その「誰か」は、ステージの上で野獣の如くシャウトするボーカリストでもなければ、華やかなスポットライトを受ける美形のギタリストでもない。 けれど、その人の手は、なんでもない土塊の中から美しい形を生み出し、鮮やかな色彩を紡ぎだすことのできる魔法の手だ。 明るい展覧会場にずらりと並ぶ色鮮やかな作品の陰には、ただただ自分の身を削るように一心に土と向き合う作家の厳しい日常がある。 そのことを間近に見守り、おろおろと遠慮しいしい世話を焼き、作品の完成を一緒に喜ぶことの出来る今の私は幸せだ。 そんなことを思う。
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