月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
朝、子どもたちを送り出して、工房へ。 父さんの夜なべ仕事で使った釉薬の刷毛や筆をまとめて洗い、義母の洗濯機のスイッチを押して2階へあがる。
今日は週に2回のひいばあちゃんのデイサービスの日。 朝食を終えたひいばあちゃんの着換えを手伝い、髪を結い直して、着換え用の荷物をそろえる。 「おばあちゃん、着替えようか」 耳の遠いひいばあちゃんの耳元で声をかけ、カーディガンのボタンを解く。暖房をガンガン焚いた部屋なのに、上着を取ると 「さっぶい(寒い)、さっぶい」とひいばあちゃんがキュッと背を丸める。 「寒いねぇ。ちょっと待ってね」 大急ぎで代わりの上着を着せ掛ける。
カーディガンと一緒に巻き上がってしまったブラウスをの袖を直そうと、ひいばあちゃんの袖口に手を入れようとしたら、 「ひゃあ、つっべたい(冷たい)手!」 と思いがけない大きな声が出た。 ついさっき、階下で水仕事をしてきた私の手。よく拭いて暖めてきたつもりだけれど、暖かい部屋で過ごしておられたひいばあちゃんにはとても冷たく感じられたのだろう。 「わぁ、御免御免。そんなに冷たかった?さっき、洗い物してきたからね。」 と思わず手を引っ込める。
いつも半目を閉じ、うつらうつらと居眠っておられることの増えたひいばあちゃん。 私たちのこと、どのくらい、判っておられるのかなぁ。 もう、お耳はほとんど聞こえていないのではないかしら。 普段は、老いと言う小さな殻の中にどんどん閉じこもっていってしまわれそうに見えるひいばあちゃんだけれど、それでも今日のように、なんでもないちょっとしたきっかけではっきりした声を出したり、昔の思い出話を始めたりなさることがある。 ああ、今日はご機嫌がいいのだな。 ちゃんと判ってらっしゃるんだな。 そのお声にこもる力強さに、うれしい気持ちがわいてくる。
下着を替えて靴下を履かせ、薄くなった白髪を小さなお団子に結う。 「ええきもち・・・」 ブラシで髪を梳くと、またひいばあちゃんの声が出た。 若い頃から一度も変わらずキュッと固く結いあげていた白髪をくるりと巻いた小さなお団子を留めるには、一番小さなUピンでも大きすぎて、刺しても刺しても頼りない。 それでも櫛をいれ新しく結いなおすと、明治の女の気概がよみがえるのか、一瞬しゃんと背がのびて、うなじの辺りの後れ毛を気にするように自然と手がのびて来る。 「はい、できました。べっぴんさん。」
デイサービスの迎えの時間が迫る。 ひいばあちゃんを階下の玄関のソファーに導いて、一緒に座って待つ。 外は木枯らし。 山の木の葉が雪のように降り注ぐ。 ガラス戸の向こうの風を眺めながら、「寒うなったなぁ」とひいばあちゃんがつぶやく。 ふと気がつくと、ひいばあちゃんの手をさすって暖めていた私の手が、いつの間にか反対にひいばあちゃんの両手に包まれていた。幼い子や孫の手をぬくめるかのように、無意識のうちに私の手をさすって温めてくださっていたのだった。
年寄りの介護といえば、老いて衰えていく人、だんだん判らなくなっていく人のお世話をする仕事だと思っていた。 日々の成長の発見が嬉しい子育ての仕事に比べれば、親しく暮らしてきた人の老いや衰えを日々確認していく介護の仕事は、切なく、先の喜びの見出し難い仕事だと思っていた。 けれども、老いの人との生活にも、確かにこんな驚きや嬉しさはある。 こちらはお世話しているつもりでも、知らぬ間にいろんなことを学ばせてもらったり、そっと励まされ暖めていただいているときもある。 そんなことを思う。
来週、ひいばあちゃんは満100歳のお誕生日を迎える。 お誕生祝いには、寒がりのひいばあちゃんのため、新しい肌着と電気敷毛布を用意した。 少しでも暖かい冬をすごしていただけますように。
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