月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
アプコと習字に行った帰り、近所のスーパーに立ち寄る。 アプコ、駄菓子屋で来週の遠足のおやつを買い込んで、ご機嫌。 鼻歌など歌いながら、車に乗り込む。 駐車場のゲートを抜けようとしたところで、助手席のアプコが「うわぁっ!」と大きな声を上げた。びっくりして急ブレーキを踏んだら、アプコ、窓のそとを指差して、 「ほら、見てみて!すっごい夕日!まん丸だよ!でっかいねぇ!」 見ると、民家の屋根の向こうに、まさに今沈もうとしている見事な夕日。 「すごいねぇ、おかあさん。オレンジのシール、貼ったみたい。」 判った、判った。 夕日に感動したのはわかったけれど、頼むから運転中に、横から大きな声で叫ばないで頂戴。 近頃とってもハイテンションなアプコ。
「おかあさん、あのね。」 夕日の興奮から醒めたアプコが、ポツリポツリとしゃべり始めた。 「このごろね、ちょっと嫌なことがあるの。」 アプコのクラスには、自閉症傾向のある女の子Hちゃんがいる。 一年生の頃からHちゃんと同じクラスのアプコは、ほかのお友達と一緒に何かとHちゃんの手助けをしたり遊んだりしてきた。幸い、担任のベテラン先生の上手な導きのおかげで、アプコたちクラスメートはHちゃんのことを「障害のある子だからお世話する」のではなく、「時々お手伝いの要るお友達」として、特別な隔てなく仲良くすごしていたようだった。
「あのね、このごろ、Hちゃんと一緒に遊んだりしてるとね、ほかのお友達と遊べなかったり、置いてきぼりにされたりすることがあるの。 前はそんなことなかったんだけど・・・。」 Hちゃんの事が大好きなアプコは、困った顔で訴える。 3年生になって担任の先生も変わって、クラスの子達とHちゃんの関わり方も変わってきたのだろう。一年のときから同じクラスで、Hちゃんが比較的心を許してくれているアプコが、なんとなく「Hちゃん担当」ということで固定されてきているようだ。 そういえば、先日の運動会の時も、どの競技もアプコはHちゃんと一緒。ダンスもかけっこもアプコが要所要所でHちゃんの手を引いて導いていた。
アプコたちの担任は、新米のお姉さん先生。 こどもたちにもとても好かれていていつも一生懸命な先生だけれど、まだ障害のあるHちゃんを上手にクラスに溶け込ませる指導をする余裕まではないらしい。成り行きとして、いつもHちゃんのそばにいてニコニコ手伝いをしているアプコに「Hちゃん係」を任せておく形になってしまうのだろう。
「前はみんなHちゃんのこと、とりあいっこするくらい、仲良しだったのにね。どうしてかなぁ。」と首をかしげるアプコ。 「で、アプコはどうなの?Hちゃんと一緒に遊ぶの嫌だなぁと思ったりしてる?」 「ううん。でも、ほかのお友達とも、もっといっぱい遊びたい。」 「そだね、いろんな友達と遊びたいよね。」 難しいなぁ。 すぐにはアプコの悩みにうまく応えてやることができなくて、夕日のまぶしいフロントガラスにサンバイザーを下ろした。
学年に一人障害を持った子がいると、その子の「お世話係」の役割を負う子どもが必ず存在する。 いつの間にかその役割は一人の子どもに固定化されていて、クラス替えがあってもなぜだかいつもずっと同じクラス。 遠足の班分けも、運動会のダンスの並び順も、修学旅行の部屋割りも、当然のように同じ組。 そんなふうに、普通校での障害児の学校生活をサポートするシステムが昔から暗黙の了解のうちに存在しているらしい。 私自身、幼稚園から中学卒業までの10年間、知的障害のあるTちゃんと言う女の子とずっと同じクラスだったし、アユコも同じような経験を続けている。 多分アプコも、いつの間にかそういう役割を担うことになりつつあるのだろう。 そのことがなんとなく推測できるだけに、「なんで、Hちゃんといっしょだと、ほかのお友達と遊べないんだろう」というアプコの素朴な疑問に明確な答えを与えてやることができない。
「あのね、Hちゃんね、このごろ一人で紙芝居を作ってるん。 Hちゃん、お話はできないけど、絵はすっごい上手やからね。 だから、文章は私が読むねん。」 ちょっと私が考え込んでいるうちに、アプコの話題はあっという間に別の方向へ飛ぶ。 小さな悩み事はちょっと脇に置いといて、楽しい話題にくるくるめまぐるしく転換していく気散じがアプコのすごいところ。 いちいち考え考えアプコの話に付いていく母は、時々こんな風に置いてけぼりを喰らって、うろたえる。
「わぁ、おかあさん、みてみて! 今度はおつきさん。まん丸ででっかいねぇ。」 信号を曲がると、目前の山並の稜線に、薄い輪切りにしそこなった大根のような少し端の欠けた白い月。 「さっきの夕日とあわせたら、ほんまに『コラボレーションや〜』やねぇ。」 と、アプコは言い馴れないカタカナ言葉を何度も繰り返し叫んで笑う。 こらこら、運転中の車の助手席では騒ぐなというに・・・。 やっぱり、すぐにハイテンションに戻るアプコ。 その幼さがありがたい。
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