月の輪通信 日々の想い
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2007年05月07日(月) 優しい人

新緑のまぶしい季節。
工房の周りの山の木々が、一日一日わっと盛り上がるような勢いで緑の量を増す。冬の間、すっきりと空を見通せた頭上もすっかり若葉に覆われて、緑のトンネルの様相。まるでミシミシと背伸びする木々の成長の音が聞こえるようだ。

・・・いや、違う。
この音は、木々が成長する音ではない。
青々と伸びだした柔らかな新緑の若葉を狙って、何千何万の虫たちがうごめきあう音。
そう。青虫、毛虫、尺取虫のシーズンになったということ。
今年もやってきた。虫のシーズン。

ちょっと外出すると、洋服の肩に尺取虫。
外に止めてある車のフロントにも青虫毛虫。
遠足で近くを訪れる小学生の群れが、頭上の木からぶら下がる尺取虫にきゃあきゃあと悲鳴をあげる。
緑のトンネルは、即ち青虫毛虫のトンネルでもあるということ。
ああ、憂鬱なシーズン。

ジョギングのおじさんが、毛虫除けにと枯れ枝をワイパーのように振りながら走ってくる。
散歩のおばさんたちは、雨も降っていないのに、傘をさして歩いてくる。
子どもたちは、互いの肩に着いた尺取虫を指先でピンとはじいて飛ばしあう。
青虫毛虫は山の木々ばかりではなく、庭の花木や家庭菜園の野菜、プランターに植えた草花にももれなくやってくる。丹精した庭木や、芽吹いたばかりの花芽をやられて頭にきた植物愛好家たちは、地面に落ちた虫たちを憎憎しげに踏みつける。
それでも虫は減らない。
ああ、憂鬱。

そんな青虫騒ぎとは関係なく、工房仕事、限りなく続く。
お茶会関係の数物の仕事が山積み。
父さんは、一日のほとんどを工房で過ごす。
ちょっと帰ってきて、食事をしたらまた仕事。
「疲れた」とごろりと横になり、少し仮眠を取ったかと思ったら、また仕事。
夜中、むくむくと起き出して来たら、また仕事。
学校から帰ったアプコの甘えん坊に少し付き合っているかと思えば、また仕事。
いったいこの人は、いつになったらゆっくりちゃんとした休養が取れるのだろう。

父さん、今日は久々に外出。電車の駅まで車で送る。
降りしなに、ふと見ると父さんのジャケットの袖に、青々した小さな芋虫。
「ほら、ついてるよ。車の外で払ってね」と言ったら、車を降りた父さんは改札口とは反対のほうに向かって歩き出す。
そして、わざわざ傍らの植え込みのところまで行って、袖の芋虫をピッと飛ばした。
「ここで落としたら、すぐに車につぶされちゃうからね。」
と笑って手を振る父さん。そのまま走って改札口へ入っていった。

優しいなあ、この人は。
連日の仕事続きでくたびれて、おまけに数日来の風邪で自分自身がグロッキー状態だと言うのに、なんでこの人はあんな小さな青虫の命を愛しむのだろう。
時々こんな風に見せる、ピントはずれなまでの度を越した、この人の優しさ。時折、子どもたちが小さな虫や植物に見せる気まぐれな優しさにも似ている。
自分自身がとてもとてもしんどいときにも、そんな子どものような優しさが思わずふっとこぼれでてしまう。
それがこの人の、いとおしいところ。




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