月の輪通信 日々の想い
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「夏も近づく八十八夜、 野にも山にも若葉が茂る♪」 おばあちゃんと一緒に、玄関先をお掃除しながら歌っているらしい。 調子っぱずれのアプコの声に、か細いおばあちゃんのソプラノが混じる。 近頃義母は、アプコの一緒の時くらいしか、歌う声を聞かない。
近頃アプコはすっかりおばあちゃん子だ。 しょっちゅうおばあちゃんの台所にもぐりこんでは、怪しげなお菓子をこしらえたり、おうどんを作ったり。気がつけばおばあちゃんの周りにまとわりついて、本人はお手伝いをしているつもり。 おばあちゃんのほうも、アプコがいるとあれこれ気が紛れるらしいのだが、ご本人は子守りをして下さっているつもり。 ひいばあちゃんの介護とおじいちゃんの入院でお疲れめの義母と、連休なのにどこへもお出かけの予定のないアプコのささやかな利害の一致。 「摘めよ摘め摘め、摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ」 そうそう。 働け働け。 やきもの屋の窯にゴールデンウィークはない。 今日もフル稼働。
父さんから面白い話を聞いた。 アプコが工房に通りすがりのお客様を招きいれ、一人でお抹茶を振舞ったのだと言う。 数日前、アプコが近くの川へ遊びに行ったときの事。 ハイキング客らしいご夫婦が遊んでいるアプコに声をかけた。 「昔、このあたりに売店があって、アイスクリームを買ったのだけれど、もう売店はやっていないのかしら。」 ハイキングコースの入り口の売店はずいぶん昔に閉めてしまったし、近所においてあった飲み物の自動販売機も今は稼動していない。 アプコがそう答えると、ご夫婦はたいそうがっかりした様子だったのだと言う。
「だからね、『お抹茶でよかったら、うちで飲みませんか』といって、連れて行ってあげたの。」 「で、お茶はおばあちゃんが入れてくれたの?」 「ううん、あたしが自分でお抹茶、立てた。」 「お菓子は?」 「ちょうど和菓子が二つあったから、それをだした。」 「アプコ一人で?」 「うん、自分で。ちょっとおばあちゃんに手伝ってもらったけど」 ・・・・はぁ。
この季節には確かにハイキング途中のお客様が、工房の見学に立ち寄られることも多い。中にはじっくり話し込んでいかれる方もあって、そんな時、義母はありあわせのお菓子を見繕って、お抹茶を振舞うこともある。 いつもおばあちゃんのそばにいて、工房にはじめて立ち寄ったお客様にお茶を振舞う姿を間近に見ているアプコにとっては、売店の当てが外れて残念そうなご夫婦をお茶に誘うのはごくごく自然なことだったのだろう。 「だって、アイスクリームのお店がなくて、とてもがっかりしてたみたいだから」 「それがどうしたの?」とでも言いたげな、アプコの大人びた口ぶりに、「知らない人とむやみにおしゃべりしてはいけません」と、紋切り型のお説教をするわけにもいかなくて、「そりゃぁよかったね」というお話になった。
ご夫婦は、アプコの立てたお抹茶を召し上がって、工房内の作品をあれこれご覧になって、お茶会や展示会の案内状をお持ち帰りになったそうだ。 言わば、アプコのおもてなしは、はじめての「宣伝・営業活動」でもあったというわけで。意外とアプコには、こういうお人をもてなすお仕事が向いているのかも。 それにしても、子どもがいきなり連れてきた通りすがりのお客様に、慌てもせず鷹揚にいつもどおりのお茶を用意してくださった義母の大らかさにも感謝。 おかげでアプコはとてもとても嬉しい体験が出来た。
そしてご夫婦にも。 「昔ここにアイスクリームの売店があってね」とこの場所を訪れたご夫婦が、この次ここへいらっしゃたときには、「昔、この辺のやきもの屋さんで小さい女の子にお抹茶を振舞ってもらってね。」と、思い出話をして下さったら、ちょっと楽しい。 嬉しい出会いに感謝、感謝。
BBS
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