月の輪通信 日々の想い
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朝、雨戸を開けたら、遠くで鳥の声がした。 ケッホ、ケッホ・・・。 ヘタッピィの新米ウグイス。 何度何度もおんなじところでつっかえていて、じれったい。 春だなぁ。
大きな声で子供らの名前を呼んで起こす。 ゲン、オニイ、遅れてアプコ。靴下を履きながら、髪をとかしながら、のろのろと起きてくる。 「アユコは?まだ寝てる?」と訊いたら、いつもは「知らん」とそっけないオニイが「なんか調子悪いんちゃう?」と珍しくまともに応えた。 皆が朝食を終える頃、フラフラと降りてきたアユコは半泣き顔で、いつもの朝の低血圧に貧血のクラクラが同時にやってきたらしい。 「ありゃりゃ、ほんとにしんどそうやわ。アユコ大丈夫?」 青ざめた顔で座り込むアユコ。おでこに触れると熱はないようだけれど、頭がいたい、喉がいたいと答える。 それでも、「今日は休む?」と訊くと元気なく頭を振って、休みたくないという。 今日は茶道部がある日だし、なんと言ってもアユコは中学校ではまだ皆勤賞。ちょっとやそっとじゃ休めない。 それじゃあせめて、少し休んでから登校しなさいと学校と友達に遅刻の連絡。 他の子達を送り出して、ホットミルクと小さいおにぎりの朝食を用意して、アユコの体調が落ち着くのを待つ。
ほんの少し休んだだけでずいぶん顔色もよくなって、まだ、今からなら一時間目に間に合うからと、車を出す。 登校の時間が過ぎて小中学生の姿の消えた通りを走りながら、助手席のアユコは「校門がもう閉まってたらどうしよう。インターフォン鳴らせばいいのかな?」と不安そう。そういえば皆勤賞のアユコは、当然のことながら始業のベルのなったあと、閉ざされた校門を外から見たことがない。 学校に近づくと、通学路の途中に一人、また一人、のろのろと歩いている中学生の姿が見えた。 「あ、他にも遅れてくる子が結構いるね。 なぁんだ、ちっとも急いでないなぁ。遅れて行っても平気なのかなぁ。」と半ば嬉しく、半ば呆れたようにアユコが笑う。
確かに、遅刻常習犯で少々遅れたくらいでは焦ったりもしなくなっている子もいるだろう。 けれども今朝のアユコのように、体調が悪くてどうにも定刻に学校へつけない子もいる。 何年か前のオニイのように、学校へは行きたいと思っているのに体が登校することを嫌がって、振り絞る思いで学校への道のりを歩いてきた子もいるかもしれない。 必ずしもサボって遅刻してきている子ばかりじゃないはずだよ。 いつも楽しく友達とおしゃべりしながら校門をくぐるアユコには、閉ざされた校門に向かってのろのろ歩いてくる友達の存在は、知ってはいるけれど見えてはいなかった事だ。 アユコにとっては楽しい学校も、辛くて辛くて這いずり回る気持ちで登校してくる子もいるんだね。 そんな話をした。
アユコの学校では、いま来年度の生徒会役員選挙の最中だ。 去年、まさかの落選で涙を呑んだ学年委員の選挙。もう一回挑戦するかどうか、アユコは今年一年、ずっと考えていたようだ。 生徒会の役はしなかったけれど、学級代表として茶道部の部長としてコツコツと頑張ってきたアユコ。担任の先生に「お前はみんなのために働きすぎ。もうちょっと手ぇ抜いてええから」といわれるほど生真面目に走り回った一年だった。 最近、仲良しの家庭科の先生に「家庭科部に入らない?」と誘われた。 茶道部、華道部の掛け持ち部員のアユコ、活動日は違うというものの3つ目の部活入部には少々悩んだようだ。 「3つも部活やったら、生徒会はできないし。どの部もやりたいけど中途半端は嫌だし」 生真面目なアユコ、先生方や友達から自分に期待されている役割にこだわっていっぱいいっぱい頑張ってしまう損な性格。そのことを自分でもよくわかっていて、ついつい無理をしてあれこれ引き受けてしまうアユコがいる。 この間初めて「生徒会はやめて、家庭科部に入ったら?」と具体的なアドバイスをした。 「みんなのため、クラスのためはもう十分やったから、自分の楽しみのためのクラブに入るのもいいんじゃない?」 翌日アユコはあっさりと家庭科部への入部届けを出した。
そんなあれやこれやが重なって、今朝の体調不良になったのかもしれない。 中学にはいってからずっと快調に飛ばしてきたけれど、そういえばアユコには以前精神的なストレスで偏頭痛や自家中毒を繰り返した前科がある。 ちょっと頑張りすぎていたのかもしれない。 始業時間をほんの10分過ぎただけの学校の門。 アユコが恐る恐る押したらまだ施錠はされていなくて、軽くすっと開いた。 バイバイと手を振って、校内へかけていくアユコ。 やっぱり学校が好きなんだなぁ。 多分、今日は早退なんかせずにしっかり部活までやって帰って来るだろう。 心配して損しちゃった。
BBS
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