月の輪通信 日々の想い
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朝、雨戸を開けたら、まだ明け切らぬ向かいの山の稜線近くに半月が出ていた。 薄く輪切りにし損ねた大根の一切れのような、半透明の儚げな月。 すっかり葉を落とした木々の小枝のシルエットに青白い月のワンポイント。
「父さん、父さん。 ほらほら、ここから見ると、まるで絵に描いたみたいだよ。」 と、父さんを起こす。 夜中の仕事を終えてくたびれて仮眠中の父さん。もう少し寝かせておいてあげたいところだけれど、残念、もうタイムアップ。 子どもたちも起きてくるし、朝の仕事の段取りもある。 「どれどれ。いやぁ、ほんと。きれいやな」 寝ぼけ眼でぼさぼさ頭のまんま、それでも父さんは起きてきて、寒いベランダから一緒に月を眺めた。
限界ぎりぎりの徹夜続きの朝にも、あわただしい仕事の移動の車中でも、美しい風景や面白い景色に出会うと父さんはしばし足をとめる。 時には、そそくさとカメラを出して、一瞬で移り行く空の色を何枚も写真に収めたりする。 「それも仕事のうち」といえばそれまでだけど、美しい風景に出会う瞬間のためにふと立ち止まる労をいとわないのが、この人の愛しいところだ。 「月がきれいよ。」という一言で、朝の忙しい3分間をともに空を見上げることに費やすことが出来る。 ささやかではあるけれど、この人と一緒に暮らせてよかったと思う理由の一つだ。
BBS
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