月の輪通信 日々の想い
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小学校の個人懇談。 修学旅行の時の「野球拳」事件が話題になるかなぁと半ば心配、半ば期待に胸を膨らませているゲン。 連日お持ち帰りのやり直しプリントのことで叱られるかなぁと小さな胸を痛めているアプコ。 母もドキドキワクワクで昼下がりの教室に向かう。
ゲン 教室へ入ると開口一番、 「いろいろ頑張ってもらってて、助かってます。 ゲン君を担任させていただけて、良かったです。 ありがとうございました。」 と担任のT先生が褒めてくださった。 最近はいい感じでクラスのムードメーカーの役割を務めているらしい。 そういえば、とてもとても楽しそうに学校へいってるもんなぁ。 クラスの中で自分の存在がちゃんと受け入れられている、居場所がちゃんとあるという安心感が、ニコニコ楽しい学校生活を支えてくれているのだろう。 来春は中学入学。 荒れる中学への進学には不安も多い。 けれども、小学校でしっかり自分の存在を受け止めて頂けた経験は、きっとしっかりした命綱になるだろう。 有難いなぁと思う。
アプコ 「アプコちゃんにはねぇ、いろいろ頑張ってもらわなきゃならないことがあるんですよ」 と、M先生。 もちろん、算数の足し算引き算、九九のこと。 「判ってないわけじゃぁない様なんですけどねぇ」と先生と二人、首をかしげる。 ま、練習不足と集中力、注意力の欠如でしょう。 冬休み、頑張ってもらいましょう。 「でもね、苦手の体育はずいぶん頑張りましたよ。音楽もとっても楽しそうにいきいき歌ってますね。 アプコちゃんは優しいところが一番いい所なんだから、それで十分!」 お小言の倍くらい、フォローを頂いて帰ってきた。
うちへ帰るとオニイやゲンが 「アプコの懇談、どうやった?」 と口々に訊く。 アプコが連日算数のやり直しプリントを持ち帰ってくるのを見ているものだから、アプコの懇談の結果をそれとなく心配してくれていたようだ。 もしかしたら。お母さんがM先生にたくさん叱られて、凹んで帰ってくるんじゃないかと思ってたらしい。
平気平気。 自分ちの子が「算数が出来ない」と叱られるくらい、なんでもないことなんだよ。 「誰かにいじわるした」とか、「ずるい嘘をついた」とか、そういう事で叱られたら、きっと悲しくなると思うけど。 先生たちは二人とも、「優しくていい子です。」といってくださったから、母はうれしい。
・・・と、アプコにも聞こえるように、説明しておいた。
昔、小学生の頃、私は母が自分の個人懇談から帰ってきたら 「先生になんて言われた?叱られた?」 と懇談の内容をしつこく訊いたものだった。 母はたいがい 「とてもいい子ですとほめてもらったよ。」 と答えた。 母はわが子のマイナス評価になることは、何一つ私に伝えなかった。「忘れ物が多いです」とか「給食食べるのが遅いです」とか、きっと小さなお小言もたくさん言われてきていたはずなのに・・・・。 おかげで私は自分自身の子ども時代を、「特にこまった問題点もないいい子」「先生にいつもプラス評価していただける優等生」だったと疑わずにイメージして大人になった。
いま、自分が母の立場になって自らの子ども時代を振り返ってみると、あの日の母は懇談での先生のお話から、お小言やマイナス評価の部分はすっぱりと棄てて、褒めていただけたことばかりをピックアップして伝えてくれていたんだろうなぁと思うようになった。 「先生がいい子だって言ってたよ。」と何度も何度も聞かされることで、私は「誰かに評価されている自分」「いい子だと思ってもらっている自分」のイメージを刷り込まれて行ったのだろう。 それは、もしかしたらはかない虚像だったのかもしれないけれど、成長の過程で確かな自分の立ち位置を確認していくためには、なくてはならない有難い虚像だったのかもしれない。 子どもの成長には、「誰かに無条件に愛されている自分」という確かなイメージの支えが必須なのではないかなぁと思ったりする。
「で、アプコ。今日の宿題は?」 「あるある!算数のやり直しプリント。今日は2枚!」 明るくピョンピョン跳びはねながら、赤ペンのいっぱい入ったプリントを振り回すアプコ。 懇談が無事に終わって嬉しいアプコは、昨日まであんなに気にしていた赤ペンプリントなのに、今日はちっとも凹んでいないようだ。 それにしても、ありゃりゃ、この点数って・・・。 やれやれ、ちょっとプラスイメージを抱かせ過ぎたかもしれない。 8の段の九九を唱えながら、母はそっとため息をつく。
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