月の輪通信 日々の想い
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オニイの剣道の昇段試験が近い。 6月の審査会では、オニイは初段不合格だった。一緒に受けにいったほかの部員も屈辱の全滅で、大いに奮起した監督先生は、今回審査会に向けて特別猛特訓メニューを用意してくださったらしい。 よって、このところオニイの帰りが遅い。 放課後の練習を終え、片付けや着替えを済ませて、自転車で40分。 帰宅時間は、8時過ぎ。 家族の夕食はすでに終わっていて、「お一人様」で食事を済ませてバタンキュー。 いったい予習復習はいつやるのという突っ込みは、この際無し。 運動音痴ぞろいの我が家の家族に、こんな体育会系のハードな毎日が訪れたこと自体が驚きで、「また、遅いの?」と心配しつつ、面白がって何度もオニイに問う。 「たぶんね。」と、クールに答えるオニイ。 その声もずいぶん野太くなった。
「かあさん、明日はすっごく帰りが遅くなると思う。 もしかしたら、日付が変わってからになるかも・・・。」 と昨晩オニイが言った。 えーっ、夜遊び?と思ったのだけれど、学校での稽古のあと、自転車で隣市のほかの道場の稽古に出てくるだという。9時過ぎに稽古が終わって、先輩たちと晩御飯食べて、自転車でほぼ2時間。なるほど、計算はあってる。 折りしも外は雨。学校のカバンのほかに重い防具袋、竹刀袋に傘。 おまけに深夜のサイクリング。 「大丈夫?やめたほうがいいんじゃない?」 と言いたい気持ちをぐっと抑え、荷物の雨よけ用のナイロン袋と夕飯代を渡して送り出した。
宣言どおり、オニイの帰宅は12時過ぎ。 玄関に入るなり、防具袋をズダンと投げ出して、座り込む。 「さすがにきつかったわ。」 と言葉少な。口を利くのも億劫なくたびれよう。 とりあえず、さっさとお風呂に入って寝な。 「あ、かあさん、明日の朝も早出。道場の鍵預かってきちゃったから、一番に開けに行かなきゃ。」 はいはい、ご苦労さん。一年生部員は辛いねぇ。
夜の塾通いも友達との夜遊びもほとんど経験したことのないオニイ。 生まれてはじめての深夜の帰宅。 ワクワクドキドキの大人気分だったのだろうか。 それとも・・・ 「ねぇねぇ、こんな時間に知らない道を自転車で走るの、怖くなかった?」と聞いてみた。 すると、いつも無愛想なオニイから「実は、かなり怖かった。」と、驚くほど素直な返事がかえってきた。 「あのな、タバコの自販機のランプがみんな赤になっててさ、普段普通の信号機が点滅信号になってんの。あんなのはじめて見たよ。妙に怖かった。」
ちょっと興奮した口ぶりで夜のサイクリングのスリルを語るオニイ。 その言葉には、少しも強がったところがなくて、小さな冒険をとげた小学生の素直さ。 ちょっぴり大人の体験をして帰ってきたのに、いつもの強がって大人ぶった口ぶりが消えていたのはなんでなんだろう。 「今度はもうあの道場の夜稽古にでるのは、やめとくわ。 遠くてさすがにちょっときつい。」 そういって、寝しなに甘いアイスココアを飲み干して寝間へ上がっていくオニイはまだまだ幼い。 「夜遊びで朝帰り」にやきもきさせられるまでには、まだ数年かかりそうだ。
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