月の輪通信 日々の想い
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月下美人が咲いた。 一度に6つも。 今年3度目の開花。 いつもは深夜に咲くのだけれど、今回は夕暮れ時から少しずつつぼみがほころびかけたので、子どもらも一緒に開花の過程を楽しむことが出来た。 「夢みたいにきれい。」 と誰かがつぶやく。 ガラス細工のような繊細な花びらは数時間の命。 朝になるとシュンとしぼんで、見る間に朽ちていく。 また一つ、季節を見送る。
いつもより少し遅めに帰宅したアプコが思い出したように 「おかあさん、今日の宿題ね、『おうちで生き物を捕まえてくること』!」 と言う。 聞くと、捕まえた虫や魚を絵にかいて、短い詩をつけて作品にするのだと言う。この間から学校へ虫取り網や虫かごを持っていって「生き物探し」をしていたようだけれど、結果が芳しくなくて「おうちで採集」という宿題になったのだろう。 「でね、あたし、川へサワガニ捕りに行こうと思うんだけど・・・」 いまからですかぁ? 母、うんざり。 もう日は翳りかけているし、水遊びにはちと寒い。それに川べりは蚊も多いしなぁ。 「今からサワガニなんて見つからないよ。その辺の草むらでバッタでも捕まえたらどう?」 と、適当にあしらって取り合わないでいた。
そこへ帰ってきたのはゲン。 もう4時を過ぎているのと言うのに、今からO君が遊びに来ると言う。 Oくんは、家でザリガニをたくさん飼っているといって、その生餌用の小魚を掬いにうちの近くの川へたびたびやってくる。ゲンはよほど気が合うらしく、連日のようにOくんとともに魚とりに興じている。 今日もまた、川へ遊びに行くつもりだろう。 「ねぇ、ゲン。アプコが明日サワガニを持って行きたいといってるんだけど、アプコも一緒に川へ連れて行ってもらうのは無理よねぇ」 とダメもとで聞いてみたが、ゲンもやっぱり困った顔で「う〜ん、勘弁して」といって、そそくさと出かけていってしまった。
次に帰ってきたのはアユコ。 「おなかすいたぁ。体育祭の練習、しんどかったぁ。早く、お花、生けてこなくっちゃ。」 と帰ってくるなり、部活で頂いてきた花材を抱えてバタバタしている。 「アユねぇちゃん、あのね、サワガニね・・・」 と擦り寄るアプコのおねがいはアユねぇにもさらりと流されてしまう。
頼みのアユねえにも見放されて、アプコはぷいとふくれて家の前の空き地の草むらで虫探しを始めた。 いつもならかまきりだの、こおろぎだのすぐに見つかる草むらなのに、宿題で探すとなるとしょぼいショウリョウバッタの赤ちゃんくらいしか見つからない。 「つまんない、つまんない・・・。サワガニじゃないと、つまんない」 アプコはへそを曲げて、やけくその鼻歌を歌いながらどこかへ言ってしまった。
日が暮れて、夕飯の下ごしらえを済ませて、そろそろゲンも帰ってくる時刻と外を見ると、前の空き地に父さんがいた。 手に持ってるのは懐中電灯。 「あらら、なにやってんの?」 と声をかけたら、父さん、びくっと飛び上がって、オロオロしてる。 「いやぁ、アプコがうるさく言うから、ちょっと・・・。」 どうやら父さんはアプコにせがまれて、虫探しに行こうと仕事を中断して帰ってきたらしい。 まぁ、気のいいことで・・・と笑っていたら、ちょうどゲンとO君が山から帰ってきた。
「大漁大漁!」と持ち帰ったゲンのバケツの中には、Oくんのザリガニ用の小魚に混じって、大小3匹の元気なサワガニ。 「わ、ゲン!サワガニ、とってきてくれたの!」 「うん、まぁね。」 さすがは、ゲン。やるねぇ。 アプコも大喜びで飛んできて、サワガニを受け取った。 ゲンは、小さい飼育ケースに砂利を敷き、川の水を汲んできて、サワガニを移し、アプコが学校へもって行きやすいように準備をしてくれた。
アプコ、優しいお兄ちゃんがいてよかったねぇ。 それに、お仕事をおいて虫取りに付き合ってくれる優しいお父さんも・・・。 やっぱりいざと言うときに頼りになるのは、アユねぇや母さんじゃなくて、父さんやゲンにぃだねぇ。 アプコは飼育ケースの中のサワガニをつんつん突付いては鼻歌を歌っている。 やっぱり私はお姫様。 困ったときにはきっとどこからか王子様がやってきて私を助けてくれる。 サワガニだってバッタだって、きっと誰かがちゃんと持ってきてくれるのよ。 末っ子姫として育ったアプコ、もしかしてそんなことを考えてるんじゃないだろうなぁ。
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