月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
早朝から工房での一仕事終えて、4人のお寝坊さんたちを朝食に起こす。 サマースクールだのプールだの合宿だの、夏休み突入直後から怒涛のごとく続いていた用事がようやくひと段落。たまには夏休みらしいお寝坊をたのしませてやろうかと放置しておいたけれど、もう限界。早く朝ごはんを食べちゃってくれないといつまでも片付かないわ。 「もう、おはようの時間じゃないよー」 「んじゃー、おそよー」 なんて言ってたら、オニイがくしゃくしゃの寝癖頭のまんまで駆け下りてきた。 あ、やばっ。 今日はまだ部活、休みじゃなかったっけ。 オニイ、竜巻のようにふりかけご飯を頬張り、財布がない、制服のシャツがないと大騒ぎし、「自転車だからズボンは落ちないから」とベルトをカバンに突っ込んだまま、自転車でフラフラと出かけていった。
午後、オニイの帰宅は遅かった。 お弁当は持っていかなかったから、いつものようにちょっと遅めの昼ごはんには帰ってくるだろうと思っていたのに、2時を過ぎても帰ってこない。 またどこかで寄り道でもランチしてるのかなぁと気になりながら私は出かけたのだけれど、買い物を終えて帰ってきたら車の音を聞きつけて、オニイが荷物運びに出てきてくれた。
「あのな、帰りにまた自転車が壊れてな・・・。」 オニイがやけにさわやかな顔で、勢い込んでしゃべる。 「走ってたらチェーンが外れてしもて・・・。」 ありゃりゃ、オニイの自転車、つい先週もチェーンが外れたばかり。調子悪いのね。 オニイの自転車はチェーンカバーのついたママチャリだから、チェーンがはずれてもちょいちょいっと直すという訳にも行かないのだ。
で、自転車押して歩いていたら、通りがかりのおじさんが見かねて声をかけてくれたらしい。 自動車関係のお仕事中の人らしくて、自分の工具を出してきてチェーンカバーを開け、前後とも外れてしまったチェーンをかけなおしてくださったのだそうだ。 オニイは月光仮面のようにさわやかに立ち去ったその人のことをうれしそうに話してくれた。
ありがたいねぇ、オニイ。 この炎天下、しょぼくれた顔をしてこわれた自転車を引きずって歩く高校生の姿はきっと哀れみを誘ったのだろう。 10キロの自転車通学生活が始まって数ヶ月。すでに自転車のパンクもチェーン外れも雨の日の転倒も経験した。最寄の自転車屋さんに駆け込んで助けてもらう知恵もついたけれど、時にはこんな風に通りすがりの人から差し伸べられる暖かい手のうれしさにも気がついた。 いい勉強をさせてもらってるなぁとしみじみ思う。
「でもさ、万が一のことを考えたら、これからはドライバーの一本くらい持っておいてもいいよね。カバーさえ開けられればチェーンぐらい自分で直せるんだから。」 「うん、僕もそう思う。そのおじさんにもそういわれた。」 うれしい顔のままで、オニイは珍しく素直に赤い百均ドライバーを通学カバンのポケットに入れた。 「ちゃんとお礼をしなくちゃと思って、何度もその人の連絡先を聞こうとしたんだけど、教えてくれなくってさ。」と、オニイはいう。 ま、そうだろうね。 月光仮面なら、こんなことくらいで見知らぬ少年に素性を明かしたりはしないからかっこいいんだよ でも、高校生になったオニイには、とっさのときに、親切にしていただいた人の連絡先を聞くという知恵がちゃんと身についてきているのだなぁと言うことが知れて、それが母にはちょっとうれしかった。
オニイ、 本当にそのおじさんの親切がうれしかったのなら、 そしてその親切にお礼がしたいと思うなら、 いつの日かその赤い百均ドライバーで、 今日の君と同じように困っている誰かのチェーンを直してあげられるような男になりなさい。 きっとなれると、母は思うよ。
・・・・で、もしかして、 その壊れた自転車の持ち主がちょっと可愛い女子高生だったりしたらいいね。 るん♪
|