月の輪通信 日々の想い
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ようやく近畿の梅雨も明けたらしい。 例年なら「あぢーっ!」と顔をしかめる暑さも、お肌の敵の強い日差しもなんとなく今年はちょっと有難い。 降ったりやんだりがずっと続いて、部屋干しの洗濯物がいつまで経っても湿っていた長雨のあとだから、干したそばから乾いていくタオルやTシャツがパリンと気持ちよく仕上がってそれだけでもうれしくなる。 この夏、いつものように洗濯干し大臣を務めてくれてるアユコも、ついつい「これも洗っちゃおうか」と自分で洗濯物を増やして、日に何度もベランダで干し物をしている。 あらら、中2にしてもう、ささやかな主婦の家事の楽しみを会得してしまいましたか。
運動不足の解消のために、近頃また父さんが近所の山へ登るようになった。うえの広場まで上っていって、降りてきて約一時間。 登山用のズボンもシャツもパンツも頭に巻いた汗よけのバンダナもびしょびしょに汗にまみれて帰ってくる。はい、これで洗濯機、一回分。 「しょうがないなぁ、干す場所まだあるかなぁ」といいながら、ワシャワシャとお洗濯。脱水が終わったら、再びアユコの物干し隊が出動だ. その後ろを助手のアプコがコバンザメのようについていく。
山からの帰り、父さんは近所の湧き水を汲んで帰ってくる。大きなペットボトル3本分。 で、仕事の合間や食事のときにその水をがぶがぶと飲んでいる。夏の仕事場は窯や乾燥機の熱でとてつもなく暑いから、そのくらい水分を取らないと脱水症状になりそうなんだとか。 父さんはそのペットボトルを仕事場と家の冷蔵庫に分けて入れておいて、何度も何度も水を飲む。 子どもらも冷蔵庫にでんと据えられたペットボトルの水には一目置いていて、普段飲むプーアル茶ならがぶがぶ馬鹿みたいに飲み干すくせに、「父さんの水、ちょっとだけもらってもいいかな。」と変に遠慮して、もったいぶって飲んだりする。 別段何の効能があるというわけでもない、普通の湧き水。 だけど、父さんが朝から大汗掻いて汲んで来た水ということで、その有難さに水の甘みも増すのだろう。
時々、父さんが山へいけなかったときには、「ちょっといってくるわ」とゲンがペットボトルを担いで山へ駆け上がる。リュックサックにペットボトルを詰め込み、裸足にサンダル履きでぴゅーっと飛び出していく。 ゲンにとっては山の水汲み場も我が家の庭のようなもの。彼の虫取り、川遊びの縄張りのうちだ。 「3本も入れたら帰りが重いよ。一本減らしておきな。」と呼び止めても「平気、平気」と後ろ手に手を振って駆け出していく。 なじみの山に登ってくるいい口実が出来てうれしいのだけれど、それ以上に父さんの水を汲んで来る任務を仰せつかることがうれしくてたまらないのだ。
「ぼくが汲んで来た水、冷蔵庫に入れておいてね。」 長い遍歴の旅の末に大事な人の命をつなぐ魔法のアイテムを手に入れて帰ってきたRPGの勇者のように、ゲンはずっしりと重いリュックを下ろす。 「重かったね、ありがとう。」 「ゲンの汲んできてくれた水は、格別おいしいよ。」 その水は確かに今日一日の父さんの労働を支える命の水。 ゲンが得意の鼻をピクピクさせて胸を張るのも無理はない。
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