月の輪通信 日々の想い
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台所にGが出没する季節になった。
新婚のころ、「わ、Gがでた!」というと、父さんが急いでやってきて、殺虫剤で退治してくれた。 自分で退治することができないわけではなかったけれど、新妻というものは夫の背後に逃げ込んできゃあきゃあ言っていればいいものだと思っていた。 新妻をGから守り抜いた夫は勇者の顔で胸を張った。
子どもたちが生まれて、父さんの仕事が忙しくなると、今度は母になった新妻が殺虫剤も持ってGに立ち向かった。 殺戮の現場を見せないように、殺虫剤を含んだ空気を吸わさぬようにと、幼い子らを別室に避難させて、母は雄雄しくGと闘った。
近頃、「わ、Gがでた!」と母が騒ぐと、「どれどれ、どこにいる?」と息子たちが駆けつけてきてくれる。 オニイが殺虫剤のボトルを持ち、ゲンが丸めた新聞紙と回収用のティッシュペーパーの箱を持って・・・。 キャアキャア騒ぐ母を尻目に、オニイがGをすばやく狙撃し、ゲンが重ねたティッシュで回収する。 オニイは丸めたティッシュをゴミ箱に入れると「南無阿弥陀仏」と片手で拝む。
「ああ、頼もしい息子たちを産んでおいてホントによかったよ。」 母はことさら大仰に息子たちの勇敢な戦いぶりを褒めちぎる。 「これくらい、なんでもないさ」という顔をして、オニイが訊く。 「僕たちを産んでよかったことって、その程度?」 そうねぇ、台所の戸棚の土鍋を下ろしてもらうときとか、買い物荷物を持ってもらうときとか・・・。 ああ、やっぱりその程度?
あと何年かしたらオニイもゲンも、夫となり父となる。 多分、愛する妻や子どもたちのために、Gとの闘いを自ら買って出るだろう。 いつの日か、心優しき夫、強くたくましい父となる息子たちの勇姿を母は頼もしく見守っている。
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