月の輪通信 日々の想い
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久々に七宝教室。 道中暑くて参る。 都会の街路はなんて暑いのだろう。コンクリート詰めの固い地面も埃っぽい排気ガスだらけの空気も、じりじりと焼けるようで、その人工的な気配すらする異常な熱さに空恐ろしくなる。 まだ梅雨時だというのにここのところの晴天続き。 クールビズとかいうけれど、ネクタイ背広のおじさんたちも結構いて、都会の人は辛抱強いなぁと思う。
七宝のF先生は、86歳になる老婦人。オフィス街の真ん中に一角だけ取り残されたような一軒家で一人暮らし。 「あんまり暑いんで、今日は水茶にしてみましたよ」 と3時に出してくださったのは鶴屋八幡の焼き菓子と氷水で立てたお抹茶。ありあわせのガラスの器に涼やかに氷を浮かべて。 「氷はさっき裏の冷蔵庫まで取りに行ってきたのよ。」 裏の冷蔵庫とは近所のコンビニのこと。こいう当意即妙のもてなしが出来るのはやはり都会の人の特権だなぁ。
5時過ぎ、Kちゃんちで遊ばせてもらっていたアプコを連れて帰宅すると、珍しくアユコとオニイも揃って帰ってきていた。お土産に買ってきたサンドイッチをみなで分けて食べようと思ったらゲンがいない。 居間にランドセルとプールバッグが乱暴に投げ出してあるのでいったんうちへ帰ってきたことは確かだが、オニイもアユコも姿は見ていないという。 どうせその辺で遊んでるんだろうと思って放っておいたら、6時過ぎても一向に帰ってくる気配がない。 門限もかなりすぎているのでどうしたことかと心配になって外へ出る。自転車も置いてあるので遠くに行ったのでもなさそうだ。
「どうせまた、山なんじゃないの」とアユコがいうので、遭難でもしてやしないかと見に行ったら、果たして、滝の手前の浅瀬でかがみこんでいるゲンを発見。 川に入って何かを一心に獲っているらしい。 「こらぁ、ゲン!何時だと思ってるんだよぉ!」 と遠くから呼んだら、ゲン、ビクッっと飛び上がるようにして顔を上げた。 「うわっ、ビックリした!魚獲るのに夢中だったから。 ・・・え、もう6時過ぎたの?明るいからまだ5時前かと思った。」 聞けば、学校に小さななまずを持ってきた子がいて、なまずは肉食だからエサ用の魚がいるといわれて魚とりに来たのだという。小さなめだかのような小魚を短い網で追いかけているうちにこんな時間になってしまった。 「でもちっちゃいちっちゃいナマズなんだ。こんな魚、きっと食べられないよねぇ」といいながら、バケツの中の釣果を嬉しそうに見せてくれる。 屈託のない笑顔に叱るのも忘れてしまう。
よく「日が暮れるのも忘れて遊び興じる」というけれど、今日のゲンはまさにそれ。竜宮城で楽しく遊んだ浦島太郎のように、顔を上げて見ればすっかり門限を過ぎてしまっていて愕然としている。 「行き先も言わないで、いつまでも遊びほうけていたら心配するじゃないの」と一応は叱ってみるものの、時間を忘れて魚とりに熱中するゲンの天真爛漫が愉快で仕方がない。
先週末、「心を入れ替えて勉強するわ。」と自ら宣言したオニイが、その舌の根も乾かぬうちに友達と遊ぶ約束をしてきて、「ちょっと自転車の修理に行ってくる」と嘘をついて遅くまで帰ってこなかった。ついでにつかなくてもいい些細な嘘をいくつか重ねて吐いたものだから、父さんと二人でコンコンと説教をした。今朝になってもまだ、オニイの不機嫌は名残を残していたように思う。。 親の意向を先の先まで慮って、従順に育ってきたオニイにもまた「反抗期」という奴が到来しそうな雰囲気だ。 高校に入って、行動範囲も友達関係も広がって、親の知らない世界を自由に泳ぎ回ることがだんだん楽しくなってくる年齢だ。オニイの行動の全てを把握して、親の管理のもとにおくのは無理な話。 大人半分、子ども半分の高校生は、その引き綱の長さの加減が難しい。
「ゲンはええなぁ。一日遊びほうけて、楽しそうやなぁ。」とオニイがゲンを恨めしげに眺めている。 時間を忘れて川遊びに興じ、「腹減ったー!」と晩御飯を山ほど喰らって、眠くなったら寝る。 野生児ゲンの道楽な一日が、忙しいオニイには極楽にみえるようだ。 アンタだってほんの数年前まで同じ様なことをして能天気に生きていただろうに。 多分オニイにとってうらやましいのは、ゲンの徹底した遊びっぷりではなくて、そんなゲンの門限破りを叱りながらもどこかで面白がって見守っている母の鷹揚なのだろう。 仕方がないよ。 なんと言ってもゲンはまだ小学生だ。
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