月の輪通信 日々の想い
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朝、父さんと義兄はワゴン車いっぱいに作品を積み込んで東京へ向かった。 父さんの出て行った後、明かりの消えた工房に入る。 つい昨日まで汚れた刷毛や釉薬の容器が所狭しと転がり、ポットミルや乾燥庫の運転音がなり続けていた工房はきれいに片付けられ、しんと静まり返っている。最後の窯出しを待つ間にさっぱりと片付けておいたのだろう。ここ数日の怒涛のような苦闘の跡がうそのようになくなっている。 父さんの作業台に残された釉薬まみれのエプロンをくるくると丸めて持ち帰り、洗濯機を回す。 これから一週間、父さんは東京の個展会場に連日詰める。 子どもたちと父さんの留守を守る一週間。
アユコ、学年末試験初日。 居間のコタツで試験勉強を始めたけれど、すぐに困った顔をして教科書を閉じた。 「おかあさん、どうしよう。ノート、友達に貸したまま返してもらうの忘れてた。明日試験なのに・・・」 はぁ?のんきなことで。早く連絡して返してもらってきなさいよ。 「でもメールアドレスしか知らないし・・・」 近頃学校ではクラスの連絡網が廃止されたので、普段仲良しのクラスメートでも電話番号を知らないこともよくあること。 「メールアドレスならわかるんだけど・・・」 とおもむろにPCを開いてメールを送るが、相手もPCなので相手がすぐにチェックしてくれるという確証もない。 電話帳を調べてもそれらしい番号が見当たらない。 「どうしよう。」 とうなだれて考え込むアユコにしばしお説教。
ちょうど昨日の日曜日の朝、別の友達がアユコに借りていたノートを返しに来て、昼過ぎまでなにやら部屋でしゃべりこんで帰っていった。 試験ぎりぎり前だというのに、友達にノートを貸したり自宅でおしゃべりに付き合ったり・・・。そんなことをしていられるほど、余裕があるの? 朝はお寝坊しているみたいだし、TVを見たりPCを触ったり、ちっとも試験に集中していないようじゃない。 昨日もそんなお説教をしたばかり。 だいたい、試験前日になって手元にノートがないことに気づくってどういうこと?借りたまま返さない子も悪いけれど、そんなことくらいちゃんと自分でチェックしておかないでどうするの。 仲良しこよしはいいけれど、ちゃんとやっておかなければならないこと、守らなくてはいけないルールというものもあるんじゃないの?
「友達はちゃんと選びなさいよ」ともう一言、言ってしまいそうになるのをぐっと堪えたところで、メールの返事が返ってきた。 「あ、今日持って行ったのに渡すの忘れてた」 「ごめん」の一言もなければ、「すぐに返しに行くわ」の気配もない。 電話と違って「すぐに返して!」と返事をすぐに返すことの出来ないメールのもどかしさ。 アユコはその文面にがっかりして、私が飲み込んだ言葉の意味を自分で察して唇を噛んだ。 「もう、絶対あの子にはノート貸さない。」 アユコの頬に大粒の涙がこぼれた。
そうでなくてもこの年頃の女の子たちのおつきあいは、微妙にべたべたしたりピリピリしたりして難しい。 一番の仲良しと思っている子から些細な事で裏切られたような気がしたり、不用意に傷つける言葉を発して仲たがいをしたり。 何かというとなぐったとか怪我をしたとかそういうい事態に発展する男の子たちとも違って、女の子には女の子の彼女らなりの微妙なお付き合いの難しさがあるのだろう。
「で、どうするの?ノートなしで試験勉強するの?泣いてたって解決しないよ。さっさと考えて行動しなきゃ。」 心を鬼にしてアユコのお尻を叩く。 「その子の家にあなたが取りに行くことは出来ないの? もう一度連絡をとってみたら? それが駄目なら、誰か近くの友達に借りるとか、他に方法はないの?」 いろいろ考えた末、近所の仲良しのAちゃんに30分だけノートを借りてきてコピーをとらせてもらう交渉をしたようだった。
授業中ちゃんとノートをとっていたアユコが試験直前に友達のノートを借りに走り、人のノートを借りっぱなしの友達が「あ、忘れた」と平気な顔をしてる。 これってなんか悔しい。 たった30分とはいえ、ノートを貸してもらったAちゃんにも、迷惑かけたことになる。 女の子にとって仲良しの友達って大事だけれど、だからこそ気持ちのいい友達づきあいのルールってヤツをしっかり考えてみたほうがいい。 とりあえず明日、相手の女の子に「昨日はノートが無くてとっても困ったわ。」と文句をいってごらん。彼女はもしかしたらアンタがいま、とっても悔しい思いをしてることに全然気がついていないかもしれない。それは彼女自身にとっても不幸なことだよ。
・・・そんな風にアユコを諭したのだけれど、多分アユコは明日学校に行っても彼女にそのことは告げないだろうと思う。いつものように笑ってノートを返してもらって、たわいないおしゃべりをして、でも2度と彼女にノートは貸さなくなるのだろう。 「あの子は、多分いっても気がつかないと思うから・・・。」 友達のためにあえて文句を言ってお互いに気まずい思いをするよりも、何事も無かったような顔をして一本線引きをした表面だけの友達関係を続けることを選ぶようだ。それが面と向かってぶつかりあうことを極度に嫌う今どきの子どもたちの、仲良しごっこの実態なのかもしれない。
アンタがそれでいいと思うんならそれでいいんだけどね・・・。 母はなんか違うと思う。 うまく説明は出来ないんだけれど。
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