月の輪通信 日々の想い
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2006年01月17日(火) 矢面

昼間TVをつけていたら、最近あちこちの事業に手広く腕を広げ、羽振のよかった若いIT会社の社長が記者会見に出ていた。
彼の会社に家宅捜索が入ったのだという。
野球チームや放送局を買収しようとしたり、突然選挙に出たり、いろいろと破天荒な振る舞いで巷を賑わわせ、近頃ではTVのバラエティ番組にもしょっちゅう顔を出していたマスコミの寵児が、今日はやけに神妙な顔で会見に応じていた。はしゃぎすぎた子どもがこっぴどく叱られてシュンとなっているようなしおたれた様子だった。
これまでお金の力に任せてぐいぐいと強引に経済界を泳ぎ渡っていく彼の姿に嫌悪を感じることも多かったのだけれど、こうなってみると今回の事件をきっかけに怖いもの知らずの意気盛んな青年実業家が一人、このまま姿を消してしまったらつまらないなぁと惜しむ気持ちになったりもする。

それから、もう一件話題になったのは、耐震強度偽装のマンションを売買した不動産会社の社長の証人尋問。
ついこの間まで怒鳴ったり怒り狂ったり、泣いたり猫まで声でしゃべったりしていた社長が、肝心な証人喚問の席で「証言は差し控えさせていただきます」とほとんどまともな受け答えなく、のらりくらりと切り抜けたという。
連日、販売したマンションの住人からも突き上げを喰い、マスコミに追われ、日本中からの非難の矢面に立たされながら、唇を固く結んで証人席に着くその人の顔は、申し訳ないけれど「善人顔」ではないよなぁとのんきに眺める。

「ITの社長といい、耐震偽装の社長といい、あれだけの世間の非難を受けながら、公の場に胸を張って現れることのできる心臓というのも考えようによっちゃあ、たいしたもんよねぇ。普通だったら取り乱したり死にたくなったりするんじゃないかしらん。
ああいう鉄面皮の強さは、父さんや私も含めて我が家の家系には絶対無い血筋だね。」
「ま、しいて言えばそのくらいの度胸やはったりがないと、若くして会社を興したり巨額の資産を運用したりすることも出来ないということだろうね。」
とコタツでみかんを食べながら父さんと笑う。
「じゃぁ、我が家には一攫千金とか飛躍的な事業の拡大とか、そういうものには縁がなさそうだねぇ。」
うんうん、たしかにそのとおり。
我が家の子どもたちは皆、したたかなする鋭さはないけれど、人なつっこいのどかな善人の顔をしている。
ささやかだけれどそれもよし。

夕方、鍋物の準備をしようと台所に立った。
ちょうどそばにいたオニイに、
「ちょうどいいや、オニイ、土鍋、取って。」と声をかけた。
我が家の土鍋は流し台の上の戸棚にしまってあるが、私は踏み台がないと重い土鍋をおろすことが出来ない。最近では私より身長が高くなったオニイがいつも「ホイヨ」と手を伸ばしてとってくれる。
「ああ、助かった。息子を産んでおいてよかったよ。」とおだてたら、
「僕が役に立つのは、土鍋を取るときだけ?」とオニイが笑う。
「今の所はそのくらいかなぁ。
でもね、オニイ。もしも将来何かつらいことがあって『死にたい』なんて思うことがあったら、『僕が死んだら、母さんが土鍋を下ろすときに不便になるなぁ』と思って思いとどまってね。」
「はいはい、わかったわかった。」
それは、縁起でもない趣味の悪い冗談だけれど、もしかしたら人が生きるということはそんな些細な絆の積み重ね。
どんな些細な事だって、「誰かのために」と思えることが自分の命を支える力となるはず。

自分の欲を満たすこと、他人を踏み台にしてもよじ登ること、形振りかまわず自分の目標を達成すること。いろいろな形の「自分のため」を人生の目的とする人たちもいる。
けれども、本当にその命をつなぎとめるものは、自分の財産や地位や欲ではなく、「誰かのために」と思える生き方を選べる子どもたちであってほしいなぁと思ったりする。
巨万の富や権力とは縁のなさそうな望みだけれど。


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