月の輪通信 日々の想い
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ここ4,5日で急に寒くなった。 我が家の物干しは川べりの吹きさらしの2階のベランダ。洗濯籠いっぱいの洗濯物をエイコラサッと持ってあがり、大急ぎでハンガーにかけて干す。洗濯機から引っ張り出したまま、きつく絡み合った分厚いジーンズやフード付のトレーナーをほぐし、飛ばされないようにバチンバチンとピンでとめる。 昨日今日は、川からの風が格段に冷たくて、干したばかりの洗濯物があっという間にしんと冷える。指先が凍えて、よく動かなくなってくる。とりあえずさっさと干して暖かい室内に入りたいので、ついつい干し方は雑になる。しわくちゃのシャツはしわくちゃのまま、裏返しの衣類は裏返しのまま。我ながらぞんざいな干し方だなぁと笑ってしまう。
休日の朝には、たいていアユコが家族全員の洗濯物を干してくれる。几帳面なアユコは、ずぼらな母よりはよほどきちんと仕事をこなす。タオルは一枚ずつ広げて二つのピンチでとめ、シャツは肩の線をきちんとハンガーに沿わせて広げる。 「う〜っ、つめたい〜!」 細身のアユコには川風が一段と冷たく感じるのだろう。 「もうっ!ズボンとパンツ、一緒に脱いだまま洗濯しないでよ。ぬれると重くてはずせないよ」 とぶうぶう、文句を言う。 確かに、難儀なのは、ポケットに入れっぱなしのティッシュについで、お風呂の前に重ねて脱ぎ捨てたまま洗濯機に投げ込んだ2両連結のジーンズやトレーナー。そのまま洗濯機を回してしまう母も母だが、長年の習慣でいまさら改善の意欲はない。
「お兄ちゃん、ちょっとちょっと。」 アユコが通りかかったオニイを呼んで、はいっとぬれた洗濯物を渡す。 「これが一番嫌いなんよ。お兄ちゃん、自分でやって。」 それは、片足が表、片足が裏返しで脱ぎ捨てたまま、洗濯された重いジーンズ。 「片方だけ裏返しなのは一番嫌い。冷たいし重いしイライラするのよ。」 わかる、わかる。 お母さんもそれ、一番イライラするのよね。 脱ぐときにちょっと気配りしてくれたら、しなくても済む面倒だけに腹も立つのだろう。それにしても、脱いだ本人を呼びつけて自分で裏返しをさせる徹底振りはさすがに生真面目優等生のアユコならでは。 妹に叱られてシオシオとぬれたジーンズを裏返すオニイも、なかなかに人が良い。
「さすが、アユコ、やることが厳しいねぇ。」 とからかったら、「だって、毎回毎回、イライラしちゃうんだもん。ああやって自分で裏返しさせないと、干す人の苦労がわからないんよ。」とどこかで聞いたことのある理屈をこねるアユコ。 ああ、それって、バリバリベテラン主婦のぼやきだよ。 脱いだ洗濯物はきれいに洗われて畳んで戻ってきて当たり前。 途中の手間には気がついてもらえない。主婦の仕事にはいつでもそんな不満が付きまとう。 寒い朝の洗濯物干しで、アユコもそんな主婦のやりきれなさを感じるようになったのだろう。
「ねぇねえアユコ。あの片方だけ裏返しのジーンズ、本人が近くにいなかったら、どうするの?」と聞いてみる。 「当然両方とも裏返してそのまま干しちゃう。」 といたずらっぽくアユコが言った。 「実はねぇ、お母さんも絶対裏返しにするんだな。癪に障るから、絶対表には返さないな。」 裏返しのまま乾いたジーンズは裏返しのまま、持ち主に返す。自分で裏返して着て頂戴というわけだ。 自分だけかと思っていた密かな憂さ晴らしが、娘のアユコにきっちり受け継がれていることの可笑しさ。 「これって、ちょっといじわる?」 「う〜ん、意地悪かなぁ。」 もしかしたら、相手はちっとも気がついていないかもしれない些細ないじわる。 母と娘の密かな共犯者意識が、ちょっと楽しい。
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