月の輪通信 日々の想い
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2005年12月01日(木) 喪中葉書

アプコを連れて習字に行く。
アプコが習字を習い始めてから3ヶ月。ようやく毛筆にもなれ、半紙いっぱいの大きさでひらがなを書く。こだわりの無いおおらかな線が出てきて、子どもらしくていい字だなと思う。
「この字は、習い初めの小さい子にしか書けんね。」と先生のTさんも目を細める。アプコは自分が書いた黒々とした墨の色が楽しくてたまらないのだ。褒め上手のTさんに毎回、有頂天になるほど褒めていただいて、嬉々して筆を握っている。

稽古の合間にTさんが、一通の葉書を見せてくれた。
学生時代の友人から来たという喪中欠礼の葉書。
24歳の長男が急逝されたのだという。名門のK大学で国際政治を学び、スポーツも万能、心優しい優秀な息子さんだったようだ。お母様が亡き息子さんを想って詠まれた歌が何首か添えられており、親御さんたちがどれほど大切に自慢の息子さんの成長を見守っておられたかが偲ばれて、胸の詰まる文面だった。
「これ、読んだらホントにこちらまで辛くなっちゃって、しばらく落ち込んでしまったのよ」とTさんが言う。
ほんとにねぇ。若い人が志半ばで突然いなくなってしまう、その儚さには他人事でもいたたまれなくなる現実の酷さがある。それが血肉を分けた肉親、我が子であれば、尚の事。ご両親の落胆はどれほどのものだろうと想う。
昨日も、今日も当たり前に自分のそばにいる子ども達。明日もきっと身近にいてくれて当たり前と思うからこそ、イライラしたり、叱ったり、喧嘩したり出来るのだ。本当はどの子にも、明日どこかで事故にあうとか急な病気に見舞われるとかそういう危険が全く無いとは言い切れない、そういう危うさがあるものなのに・・・。

「こういう事を思うと、我が子がとりあえず生きていてくれることだけでもありがたい事だなぁと思うのよ。なんだかこれ読んだら、子どもをガミガミしかることが出来なくなっちゃって・・・。」
としんみりするTさんに、後から話に加わったOさんがいみじくも言い放った。
「でも、とりあえずうちの子は今生きてるんだから、ビシビシ叱ったり、褒めたりしてなきゃ、しょうがないのよ。『明日、死んでしまうかも』なんて考えてたら、子育てなんて出来ないわ。」
そうそう。それも真実。
ずーっと先に訪れる別れのことなんか考えていたら、今を大事に愛することが出来なくなる。
Oさんの物言いはちょっと乱暴だったけれど、ちょっと落ち込み気味だったTさんの気持ちをやわらげるにはちょうどいい荒っぽさだった。

「ねぇねぇお母さん」
稽古を終え、大人しく宿題プリントをやっつけていたアプコが袖を引く。大人たちの会話の切れ目を彼女なりに推し量っていたのだろう。
「今日、かえりにお買い物、行く?アタシ、おなか空いちゃったぁ。」
はいはい、長話をして悪かったね、何か美味しいものでも買って帰ろうかね。

確かに今、私の子どもはここに元気に生きている。
それはとてもありがたいこと。


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