月の輪通信 日々の想い
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アユコの通学用の自転車の調子が悪くなった。前のタイヤに空気を入れなおしても、帰りには空気が抜けているのだという。完全にぺちゃんこになるわけではないので、多分虫ゴムが傷んでいるのだろう。 オニイもアユコも自転車がパンクしたりタイヤが凹んだりすると、いつも近所の小さな自転車屋さんに持ち込んで直してもらう。パンク修理一回400円。新品の自転車をバンバン売りさばく訳でもなく、それでも快く小さな修理も引き受けてくださる頼りになる自転車やさんなので、年に数回数百円の出費は惜しくないが、わざわざ店舗まで出向いていって修理をしてもらう手間と時間が少々面倒。毎日使う通学用の自転車は、下校時間が遅くなる最近では必需品で、開店時間内に運び込む事ができなくて何日か不自由な思いをするのも困り者だ。 簡単な修理くらいなら家庭で出来るといいのになぁとかねがね思っていたので、以前にホームセンターの自転車用品売り場で簡単なパンク修理のセットを見かけて買い求めてあった。
私が高校生の頃、自転車通学の生徒の多かった母校では、生徒会室に年季物の自転車修理セットが常備されていたものだった。 歴代の生徒会役員の男の子は、役員就任と同時に先輩から簡単な自転車修理のレクチャーを受けて、放課後やってくる自転車通学生の自転車のパンクを直したり、虫ゴムを入れ替えたりするのが仕事の一つだった。 どちらかというと文化系のひょろりとしたタイプの男の子が多かった生徒会役員だったが、手指を機械油で真っ黒にしながら手際よくパンクを修理する姿はどことなく頼もしく、かっこいいなぁと思ったものだった。 私は当時電車通学をしていたのだけれど、憧れの銀縁メガネの先輩をお目当てに、友だちの自転車通学生のパンク修理に用もないのに付き添っていったという甘酸っぱい思い出もある。
「自転車修理の出来る男の子って、ちょっと素敵だと思うんだけどなぁ。」 という誘いにオニイは馬鹿馬鹿しいとへらへら笑って釣られなかった。 これまでに何度か、オニイに自転車修理に挑戦してみないかと誘っては見たのだけれど、どうも彼は面倒がってあまり手をつけようとしない。さっさと自転車やさんへ持ち込んでは、「ハイ、修理代400円」と当然のように事後請求する。アユコも空気入れぐらいのメンテナンスはするけれど本格的な修理となると億劫そうだ。 それでは・・・と白羽の矢が立ったのは、工作や機械いじりの大好きなゲン。以前に壊れて瀕死の自転車を自転車さんに見事に修理してもらって感激したゲンは、自転車の整備そのものにもちょっと興味があるようだ。 「ねぇねぇ、ゲン。こんなアルバイト、どうかなぁ。 ここに、新しいパンク修理セットと説明書がある。 オネエの自転車は多分パンクじゃなくて虫ゴムの交換だけでいいと思うんだけど、これを自転車屋さんに持っていくと400円かかる。もしこれを君がこの道具でやってくれたら一回200円っていうのはどうかしらん? そうするとお母さんの出費は200円で済むし、君のお小遣いは200円増える。悪い話じゃないと思うんだけどなぁ。」
二つ返事で話に乗ったゲンはさっそく表にでて、アユコの自転車のタイヤを調べる。説明書にあるとおり空気栓の周りに石鹸水を塗るとぶくぶくと泡が立ち、故障の原因が虫ゴムの老朽化と分かる。 ナットを外し古い虫ゴムを取り去って、新しい虫ゴムに交換する。 初め、虫ゴムをナットのどのへんまで差し込んでいいのかが分からず、何度か失敗したが、すかさずゲンがまだてをつけていない後ろタイヤのナットを引き抜いて正しい差し込み方を調べて完成させる。 その間、約3,40分。 ちょっと手間取りはしたが、バルブの構造や修理の手順はよく分かったので、この次やるときにはもっと短時間に出来るだろう。 家族の誰もが手をつけることのなかった新しい技能を身につけて、ゲン大威張りで胸を張る。 「この次はパンク修理にも挑戦してみるわ。」 と新しい職域の開拓に余念がない。 なかなか頼もしい限り。
ゲンが修理をする間、肝心のアユコはサビ取り剤や歯ブラシ古タオルを持ち出して、ゲンと自分とアプコ、3人分の自転車のボディ磨きに精を出した。メカニック部分のメンテナンスはゲンの専門領域として確保しておいてやろうという母の意図をいち早く呑み込んでくれたらしい。 「これからは、自転車屋さんへ行く手間が省けてホントに助かるね。」と一緒にヨイショして、ますますゲンの鼻を高くしてくれる。 「ヨッ!ゲンちゃん、カッコイイ!」 それとなくおだてて、その気にさせるアユコのテクニック。 これはこれで、アユコの優れた技能ではある。
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