月の輪通信 日々の想い
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家の中のあちこちで輪ゴムを拾う。 TVのある居間の座敷机の下で、素足に何か痛いものがあたる。拾い上げてみると白い割り箸の削りカス。 傍らには使いっぱなしで放り出されたカッターナイフ。 犯人はゲンだ。
このところゲンは、割り箸を使ってゴム鉄砲を作るのに熱中している。 最初は、学校のイベントにゴム鉄砲を使った的あてはどうだろうと、試作品を一つ作ってみたのが始まりだった。割り箸3本を組み合わせて輪ゴムで縛り、引き金を引くとぱちんとのばした輪ゴムが飛ぶと言う昔ながらのおもちゃ。単純なつくりだがなかなかよく飛ぶし、結構狙いもつけやすい。 「どうせだったら、もっと大きいのを作ったほうがおもしろいよ。」と私が要らぬ茶々を入れたら、さっそくネットでもっと銃身の長いゴム鉄砲の作り方を見つけてきて、ライフル銃のような大型のゴム鉄砲も作ってしまった。 こちらは輪ゴムを二つ結び合わせて飛ばすので、最初に作った基本形よりはもう少し威力があるらしい。 ためしに紙で的を作り、狙ってみるとこれがまた面白い。 あと一丁・・・もう一丁と新しく改良を加えたゴム鉄砲を次々に拵える。 買い置きの大袋入りの割り箸が2,3日のうちにごっそりと減った。 そして、家中に輪ゴムと割り箸の削りカスの散乱という始末だ。
ゲンには時々、こんな風に突然職人魂に火がつく事がある。 それは紙飛行機作りだったり、ブーメラン作りだったり、グライダー作りだったり・・・。 つい最近は、牛乳キャップで作るブンブンゴマがマイブームだった。給食の牛乳のキャップを2枚張りあわせ、糸を通して両手で廻すと糸が唸ってブンブンと音を立てる。 キャップにとりどりの色を塗っておくと回転にしたがって、微妙に色が混じり合って視覚的にも面白い。ボタンやもっと大きなボール紙をコマ代わりにしたりして、さまざまなバリエーションを考える。 これは学校でもちょっとした流行になって、友だちからいくつも「作ってほしい」と頼まれたのだと言っていた。
「これで的あてをしたら、きっとみんな面白がるよ。低学年と高学年で、ゴム鉄砲の大きさを変えたり、的までの距離を変えたりしたら、小さい子でも楽しめるし・・・。」 と、ご機嫌だったが、ちょっと待て。 「これ、ホントに学校へもっていっても大丈夫かなぁ。」 こんなにかっこいいゴム鉄砲だ。きっと皆がほしがるはずだ。 きっとブンブンゴマのときのように、「僕にも作って。」と言う友だちがいっぱいやってくるだろう。 教室のあちこちでゴム鉄砲の飛ばしあいっこが流行し、もしかしたら授業中に飛ばしたり、人を狙って打ったりする奴が出て来はしないかい?
流行らせ屋のゲンには既に何度かの前科がある。 何年か前、折り紙の紙飛行機を流行らせたときには、教室中に飛ばしっぱなしの飛行機が散乱するようになって、クラスに「折り紙拾い係」が新設された。 別の時には、よりにもよってゲン自身が紙飛行機に友だちへの悪態を書いて飛ばして呼び出しを喰らった。 ゲンが何かを流行らせると、後から何かしら厄介ごとが舞い込んでくる。 大流行の予感を感じさせる魅力たっぷりのゴム鉄砲は、なんだかまたまた不穏な雲行きをも予想させる。 「あんたが何か流行らせると、後からいろいろあるからねぇ・・・」とほのめかすと、ゲン自身も過去の苦い経験を思い出して、考え込んでしまう。 「そうやなぁ、きっと僕に『作って!』って言ってくる奴もいっぱいいるやろうしなぁ・・・。う〜ん、やっぱり学校へ持って行くのはちょっとまずいかぁ・・・」
もしかしたら、つい最近世間を騒がせた改造エアガンという奴も、最初の最初は「もうちょっと性能のいいエアガン、作ってみたいな。」というマニアのちょっとした職人根性から始まったのかもしれないねぇ。 それも自分ひとりで楽しんでおけばよかったものを、「見てみて!こんなすごいの、作ったんだぜ。」と誰かに見せる。 「俺にも、作って!」と頼み込む奴がいる。 空き缶を狙って打つより、小動物を狙って打ったほうが面白いぜと思いつく奴がいる。 「これって、使えそうじゃん。」と犯罪に使おうとする奴がいる。 こうなるともう、「もっとかっこいいエアガン、作りたい。」と熱中していた最初の人の楽しさや嬉しさはどこか遠くのことになってしまう。 そんなふうにして、元来おもちゃのはずのエアガンが危険な凶器に姿を変えていくのかもしれない。
結局、ゲンが登校していった後、居間の机の上には作ったばかりのゴム鉄砲が全部並べておいてあった。 コイツを流行らせるのは、もうちょっと慎重に・・・とゲンなりに考えたのだろう。 うんうん、何度かの失敗を糧にちょっとは何かを学んだな。 それにしても、ゲンのゴム鉄砲、なかなかによくできている。 こんなにすごいの、日の目を見ないのはちょっと惜しいなぁと思う気持ちが母の中にもほんの少しだけある。 ゲンには絶対内緒だけれど・・・。
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