月の輪通信 日々の想い
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工房の前の桜が落葉し始めた。 昨日、竹箒で掃き集めたばかりなのに、今朝はもう、赤く色づいた落ち葉がアスファルトの上にたくさん散っている。梢にはまだ青々した葉っぱもいっぱいついているのに、もう散っていくんだな。 また、毎日落ち葉掻きに追われる季節が来る。
アプコを迎えにあわてて玄関を出た。すぐ前をハイキング帰りのご夫婦が歩いておられた。ご主人のほうはは足がお悪いようで、杖を突いて右足を引きずっておられる。奥さんはその少し後ろを控えめに寄り添うように歩いていかれる。ご主人は手ぶらなのに、奥さんは赤いリュックに日傘、大きな水筒を肩から下げて、大荷物だ。 二人のすぐ後ろを歩き始めて、聞くともなく聞いていると、なんだかご主人の方が随分怒っているようで、ずんずん先を歩きながら、半歩後ろの奥さんに向かってコンコンとお説教している。奥さんの方が、「そうですかぁ?でもねぇ・・・」とおっとりと受け答えをしているのに対して、ご主人のほうはえらく高飛車な物言いで、三回に一回は最後に「バカ!」が入る。 「そんなわけないだろう、バカ!」 「くだらない、バカ!」 「うるさい、黙ってろ、バカ!」 いまどき珍しい亭主関白だなぁ。
私はちょっと急いでいたので、ご夫婦を追い越して先へ行きたかったのだけれど、このご主人、歩きながら時々、小学生のように自分の杖を振り回して道端の石ころをはじいたり、突き出た木の枝を振り払ったりなさるので、なかなかその横をすり抜けることができなかった。 そのうち、後ろを歩いている私に奥さんの方が気がついて、ご主人の服の袖をちょっと引いて、道の脇に避けてくださった。ついでに傍らの岩に腰掛けて、一休みする事になさったらしい。 肩から提げた水筒を下ろし、ご主人に先にコップのお茶を渡しながら、追い越して先へ行く私に、「すみませんねぇ」というように奥さんがちょっと会釈してくださった。
駅の近くまで大急ぎで降りて、いつもの角でアプコをしばらく待っていたら、上のほうから下って来る人がある。 随分早足だなぁと思ったら、さっきのご夫婦の奥さんの方が一人でずんずん、坂道を下ってくる。立っている私に、「どうも」というようにちらっと視線を移して、でも、少しもスピードを緩めることなく歩いていく。 あらら、大人しい奥さんもとうとうご主人の高飛車にキレちゃったのかなと、見ていたら、しばらくして先ほどのご主人がテコテコとせわしなく杖を突いて、奥さんの後を追うように歩いていく。随分慌てた様子だ。
大きな荷物は奥さんが全部持っていて、ご主人のほうは手ぶらの軽装だったから、もしかしたら、奥さんが怒って先に帰ってしまったら、ご主人は切符の一枚も買えないのかも知れない。 いつも半歩後ろを歩いていて、決して口答えをしない大人しい奥さんの突然の逆襲に、慌てふためいているご主人の様子が、まるで母親においていかれた小さい子どものようで、思わずくすっと笑ってしまった。
実を言うと午前中、私は父さんと買い物に出かけて、くだらないことで軽い言い争いをした。 待ち合わせの場所が違った、違ってないという程度のつまらない諍いで、すぐに解決はしたけれど、色々言い合っても結局の所、お互い心の中では「自分の方が正しかったのに・・・」と心底納得していないのはよくわかっている。 だから、大慌てで奥さんの後を追うご主人の醜態ににやりと笑って、奥さんの突然の逆襲に拍手を送りたくなった今日の私。 意地が悪いなぁと思いつつ、なんだかすっきり気分よくなって、口笛でも拭きたい気持ちになった。
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