月の輪通信 日々の想い
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いつもより早起きして、ランドセルを持って降りてきたアプコがそっと耳打ちする。 「今日は加古川のおじいちゃん、学校へくるのかな」 はぁ、何のこと?と意味がわからないでいたら、アプコがもどかしげに説明してくれた。 「あのね、加古川のおじいちゃん、夏休みに『新学期になったらアプコちゃんの小学校へ挨拶に行こうかな』って言ってたでしょ。昨日は忙しくてこられなかったから、今日は来るのかなぁと思って・・・」
私が子どものころ、実家の父が運動会や参観などの行事のたびに吹き込むほら話。 「明日は、お父さんがステテコに腹巻まいて見に行くぞ。担任の先生に大きな声で『いやぁ、どうもどうも。いつも娘がお世話になってます』と挨拶してこよう。ええか?」 子どもたちが困った顔をしていると、どんどん話はエスカレートして、 「足にはゴム草履はいてな、おなかをぼりぼり掻きながら行くぞ。ほんとに行ってもいいか?」 ととんでもない話になってくる。 またいつものほら話だと思いつつ、「もし、ほんとにそんな格好でお父さんが来ちゃったらどうしよう?」とほんのちょっぴり心配になったりして、行事のたびにちょっとどきどきしたものだった。 我が家の子どもたちが大きくなって、幼稚園や学校に通うようになると、今度は父は孫たちを相手にあの日と同じほら話をする。 オニイにもアユコにもゲンにも、そして今度はアプコにも。
「絶対来ちゃ駄目!」と父のほら話をさえぎったあの日の私たち兄弟と、孫である我が家の子どもたちの反応はちょっと違う。 「う〜ん、来てもいいけど・・・」 「いいよ、いいよ、いつ来るの?」 「ほんとに来てくれる?」 普段離れて暮らしている祖父への親しみの気持ちや、ちょっとした遠慮の気持ちもあって、「絶対来ちゃ駄目!!」という反応にはなかなかならない。 また、核家族、企業戦士だった父は年に一度、運動会の時くらいしか学校に足を運ぶことがなかったのに対して、今の我が家では、父さんがしょっちゅう小学校へ出かけて行くし、運動会には祖父母やひいばあちゃんまで一緒に観戦することもある。父親や祖父母が学校へ顔を出すこと自体に対する抵抗感があまりない。 さすがに「ステテコ、腹巻着用」はちょっと困るけれど、おじいちゃんが学校へやってきて「担任の先生にご挨拶」するのは、それほど困った事態ではないのかもしれない。 「おまえんとこの子どもたちは育ちがええから、ほら話が通用せんわ。」といつも父は笑う。
今年、父のほら話のターゲットになったアプコは 「新学期になったら、おじいちゃん、アプコちゃんの学校へ行くぞ。ステテコに腹巻してな、アンタとこの担任のM先生にちょっと挨拶してくるわ。」 というおじいちゃんの言葉を真に受けて、始業式の日にはもしかしておじいちゃんが姿を見せるかもと密かに期待していたと思われる節がある。 先日、そのことを電話のついでに父に教えたら、「すまんすまん、9月1日の日は他に予定があるから行けないと伝えておいてくれ」と笑っていたが、それを聞いたアプコは「じゃぁ、2日の日には来てくれるのかな。」と思っていたのだろう。 アプコの単純な思い込みが可笑しくて、すぐにまた実家に電話して母と笑う。
そういえば、父のほら話の伝統を受け継いで、毎年私が吹くほら話。 「明日のマラソン大会、お母さんは横断幕持って応援に行くからね。短いチアガールのスカート履いて、ポンポン持って踊るけど、行ってもいい?」 これにはさすがに我が家の子どもたちも「絶対駄目!」と期待通りの反応を見せて笑わせてくれた。 さすがに、高学年になってくると「ほんとにやってみたら・・・?」とニヤニヤ笑って反撃するようになったので、ここ数年、このほら話は封印してきたけれど、今年はアプコが一年生。 久々に「明日チアガールの格好で応援に行くよ」とほら話を楽しむことができそうだ。 ただ、末っ子姫で一番単純なアプコのこと。 「ホント?どんな服着てくるの?ポンポン持ってるの?」 とあたまっから真に受けて、期待されてしまうかも知れない。 それもちょっと困っちゃうのよね。
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