月の輪通信 日々の想い
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一昨日、市のお祭りの金魚すくいで、6匹の小さな赤い金魚を貰ってきた。 去年、同じお祭りでもらってきた金魚は、たった一年で15センチばかりの立派な体格に成長して、小さな水槽から飛び出さんばかりの勢いだ。近頃では、エサを撒くとバシャバシャと水しぶきを上げてピラニアのように寄ってくるし、暑くなると食べ残したエサや糞で水槽の水があっという間に汚れてしまう。もう今の小さい水槽で飼うのは限界かなということで、新しく小さい新人金魚を迎えて、育ちすぎた金魚たちにはおじいちゃんちの鯉の池に昇格してもらう事にする。
新しくきれいな水を張った水槽に新人さんたちを放すと、まぁ、なんとその小さいこと。以前の金魚たちがひしめくように泳いでいた同じ水槽とは思えないほどの空間がなんとも涼しげ。 早速先輩たちのお下がりのエサをぱらぱらと撒いてみたら、粒が大きすぎて新人さんたちの小さなおちょぼ口にはあわないらしい。アユコがご丁寧に粒えさを細かくすりつぶして与えている。 そういえば、あの先輩金魚たちもここへ来たばかりの頃は普通の粒えさが大きすぎて、何度も食べあぐねていたものだったなぁと思い出す。 ほんとに生き物の成長って、早いものだなぁと感慨無量。
つれてきた6匹の小さな新人金魚たちの中には、一匹だけ片目のない金魚が混じっている。 怪我や病気で片目を失ったのではなく、先天的な奇形で最初から片目がなかったものらしい。出来上がったぬいぐるみに最後にボタンを一つ付け忘れたように、眼球のあるべきところがただの空白になっている。ぱっと気がつくたび、ぎょっとする異様さではあるが、泳ぐ力もえさを食べる勢いもほかの金魚たちと比べて何の遜色もなく、いたって普通の元気さだ。
本当はアユコは金魚すくいのお店をでてすぐに、その金魚の奇形に気がついていた。まだ、ついさっき受け取ったばかりだったし、お店の人に言えば、普通の五体満足な金魚に取り替えてもらう事もできたと思うけれど、アユコはそうしなかった。そして、「新しい金魚さんが来たよ」と喜ぶアプコにもそのことを知らせないまま、片目の金魚を黙ってうちにつれて帰ってきた。 うちに帰ってきてきれいな水槽の水に移し変えてからはじめて、アユコはアプコにその金魚の奇形を告げた。
「なんでこの子だけお目々が一個しかないの?」 生まれつきの障害とか、奇形とか、そういうものに対する認識のないアプコに、アユコはどんな説明をしたのだろう。 その場ですぐに、もらった金魚の異常に気づきながら、どうしてアユコはお店の人に交換してもらわなかったのだろう。 そこには多分、障害や病気を持ち合わせて生まれてきた生命へのアユコのやさしいいたわりの気持ちが流れているのだろう。 そのことをアユコがどんな風にアプコに教え諭すのか、是非とも聞いておきたかったのだけれど、ほかの用事に紛れてつい聞き逃してしまった。
「おかあさん、この金魚だけ名前をつけたよ。メナちゃんって言うんだよ。」 とアプコが教えにやってきた。 目がないからメナちゃん。 まんまだねぇ。 でも、ほかの5匹の金魚を差し置いて、一番にかわいい名前をつけたということは、アプコが片目の不自由な新人金魚を自分のペットとして受け入れたということだ。 ほかの金魚たちにいじめられはしないか、十分にえさを食べているかとことさら大事に見守っていく事だろう。 「メナちゃんって言う名前はあんまりねえ・・・。」 とアユコは笑って、首をかしげる。 「独眼竜って誰のことだっけ。ああ、そうそう、丹下左膳なんて人もいたっけねぇ。」 結局、オニイとアユコ、二人して密かにメナちゃんに「タンゲ」という、男らしいあだ名をつけた。 どっちにしても、水草の間をチラチラとすばやく泳ぎまわる隻眼の小さな赤い赤ちゃん金魚にはあまり似つかわしい名前とは思えない。
クワガタやカブトムシなど自分のペットのことに手一杯で金魚のことにまで気が回らないゲンも含めて、我が家の4人の子どもたちの中から誰一人として、奇形の金魚を捨ててしまおうとか、交換して来ようとか言う者が居なかったことがちょっとうれしい。 たとえ障害があっても、先天的な病気があっても、「この子は我が家に来るのが運命の子」と甘んじて受け入れる。そういうやさしさがちゃんと育っているということだから。 独眼竜の小さな金魚がそのことを母に教えてくれた。
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