月の輪通信 日々の想い
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2005年07月31日(日) 竈の交代

ガスコンロが壊れた。
少し前から予兆はあった。
着火しにくかったり、過熱センサーがでたらめに働いて勝手に消火していたり。電池切れかと思って新しい電池に入れ替えたり、バーナーの掃除をしたりしてみたがなんとも頼りない。
一昨日の夕方、剣道の稽古のために、大急ぎで早めの夕食の準備に取り掛かろうとしたとき、ついにコンロは点火プラグのカチカチという音さえしなくなってしまった。仕方なく、ライターを探してきて手動で点火を試みる。
昔はよく、コンロを点火するために大きな箱のマッチを擦ったものだが、最近ではうちの中にマッチというものがない、ありきたりの百円ライターでは指先が炎に近すぎて火傷をしそうなので、ライターの火を使い古しの割り箸の先に移して、点火つまみを開く。なんとも面倒な作業だ。
おまけにてんぷら用の加熱センサーのついたほうのバーナーの火は、手動で点火してもつまみを放すとすぐに火は消えてしまうらしく、使い物にならない。
お急ぎご飯の準備の時間にとんだ番狂わせ。
ひどい目にあった。

翌朝、いち早く修理にやってきたのは、メーカー派遣の若いお兄さん。
「いやぁ、道に迷いました。」
と、汗を拭き拭きやってきた。
「修理に来ていただくんで昨日、久しぶりにコンロの大掃除をしましたよ。」と言う私に、「ははぁ、どこのお宅もそうおっしゃいますね。コンロ周りの掃除は面倒ですから・・・」と床にゴムのシートを引き、コンロ台の蓋を開けて修理に取り掛かる。
外側はきれいに掃除したつもりでも、コンロの内側には長年の油汚れやこぼれ食品のかけらがびっしりとこびりついていて、恥ずかしい。
自分ちの油汚れでもいやになっちゃうものだから、あちこち知らない家の油汚れや食べ物かすにまみれたコンロを修理に回る仕事って大変だよなぁと思う。
「奥さん、大変申し訳ないんですけど・・・」
長い事かかって、あちこち調べていたお兄さんが口を開いた。点火装置の部分に入っているコンピューターのようなものがこわれているという。部品を取り替えればいいのだが、他の部分も直すと部品代だけで2万円くらいかかりそうだ。ついでに新品の値段を訊くと、同じタイプのものが5,6万円。使用年数7,8年なら、買い替えも考えてもいいかも知れない。
どちらにしても、部品の在庫がないので、取り寄せには日数もかかる。
「ま、よくお考えになって、修理の場合はもう一度お電話下さい。どちらにしても部品はご準備しておきますから・・・」
と、いかにも申し訳なさそうに頭を下げる。
「今日の修理代は?」と訊くと、
「直りませんでしたから・・・。」とやはりまた頭を下げる。
あらら、申し訳ない。汗を拭き拭き苦心してくれたのに・・・。
代わりにと帰り際に冷たい缶コーヒーを渡したら、これまた「すみません、すみません」と何度も頭を下げる。
本当に腰の低いお兄さん。

さてさて、2万円の部品代と6万円の新品のコンロを天秤にかける。
どちらにしても、この時期、予想外の出費は痛い。ちょっと前に家電の買い替えラッシュがひと段落したかと思っていただけに、ガスコンロとは予想外だった。父さんに相談すると、「もう買い替え時じゃない?」と即答してくれる。
いつもプロパンガスを入れてくれている業者さんに電話すると、その日のうちに製品のカタログを持ってきてくれるという。
夕方、これまた汗を拭き拭きやってきたガス屋のおじさん、カタログの一番安い標準型のコンロに赤丸がついたのを開いて見せた。
「どうせ買い換えるのなら、今度は両面焼グリルのもいいなぁ。だいぶ高くなるのかなぁ。」と呟いていると、横から父さんが「ちょっとぐらいなら高くてもいいよ。」と勧めてくれる。
訊いてみると、それだと2万円くらい高くなる。差額に躊躇していると、ガス屋のおじさんが口を挟む。
「ま、両面焼けるといっても、実際使ってみると途中でひっくり返したりせな、うまいこと焼けんという方もおられますなぁ。」
それもそうだと、「いいです、片面焼のほうで・・・」というと、今度は父さんが「せっかく欲しがってたんだから、両面のほうにしたら」と、押し問答になる。
それを見ていたガス屋のおじさん、
「奥さん、普通は逆でっせ。奥さんがグレードの高いのを欲しがって、だんなさんの方が大抵、安いのでええやないかとおっしゃいますわ。」と笑う。
あら、そう。
でも、おじさん、あなたも商売なんだから、値段の高い両面グリルを勧めたほうがいいんじゃないの?最初ッから一番安い標準型しか売るつもりなかったでしょ。
主婦のけちん坊とガス屋のおじさんの商売っ気のなさにかこつけて、結局片面焼ホーロートップのコンロを注文する事になった。

製品の取り寄せを待つ数日。
手動点火の不便さをやり過ごしつつ、お払い箱決定のコンロを磨く。
昔のステンレス製のコンロとは違って、ビルトイン式のホーロートップのコンロの汚れはちょっと念を入れて磨くと思いがけず綺麗になる。もう一段、掃除がラクという流行のガラストップコンロだと、どんなに綺麗になるんだろう。
けれども、本来の煮炊きの機能がだめになっても、表面の汚れが新品のように綺麗に落ちるコンロというのもなんだか悲しい。
昔のステンレスのコンロなら、お払い箱になる頃にはその外見も、こびりついた油やこぼれかすで相応にみすぼらしくなって、買い換えても惜しくない
気持ちになったものなのだけれど・・・。


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