月の輪通信 日々の想い
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2005年07月18日(月) 「むうっ」

近頃、オニイが妙な言葉を発する。
「オニイ、まだいかなくていいの?遅刻するよ!」と声をかけた返事が「むう。」
「オニイ、洗濯物だしといてね。」と階下から呼んだ返事も「むう。」
「馬鹿だな、何やってんの。しっかりしなさいよ。」と説教をした返事も「むう。」
「お兄ちゃん、アンパン食べよ」と機嫌よく擦り寄ってきたアプコへの返事も「むう。」
「うん」とか「はい」という意味の「むう。」だったり、「わかってるよ、うるさいなぁ」という不服そうな気配のする「むう。」だったり、「わかったわかった、ありがとね。」という意味のやさしい「むう。」だったり。

「変なの。そんな返事の仕方、流行ってんの?」
と聞いても、あいまいに笑うばかり。
別に友達間で流行しているのでもなく、愛読する劇画の主人公が使う言葉というわけでもないらしい。
はっきりした肯定や拒絶の意味でもなく、かといって無言で無視するのでもなく、あいまいに意味を濁してオニイの口から漏れる「むう。」という言葉。
「変なの」といいながら、なんとなく気の抜けたユーモラスな響きを持っ「むう。」という言葉がいつの間に家族の生活の中にひたひたと入り込み、気がつくと、私までオニイの口癖が感染して、「おかあさん!おかあさん!」と呼ぶゲンに「むう。」と緊張感のない返事をしていたりする。
「やだなぁ、感染っちゃったよ、オニイの『むう。』が。」
ぐちぐち文句を言う私に、オニイが相変わらずの無表情で「むう。」と答える。
「そんなこといわれたって、知らねぇよ。」の「むう。」

先日の個人懇談の内容もあまり思わしくなくて、志望校のこと、将来の仕事のこと、兄弟や父母との関係のことなど、近頃とみに思い煩うことが増えているらしいオニイ。
虫取りに興じ我を忘れて遊びまわるゲンや、クラブのほかに生徒会活動にも積極的に取り組み、そのくせ学業のほうもそこそこの点数を取ってくる出来のよい妹を横目に眺め、毎日バリバリと仕事をこなす偉大な父の背中を見上げて、オニイの中にざわざわと心騒ぐ複雑な思いがあふれそうになっているのがよくわかる。
だからといって、親に向かって反抗的な言葉を吐くわけでもなく、弟妹たちに威圧的な態度を示すわけでもない。意味なく周りにあたったり言い争ったりすることを嫌う心優しいオニイは、「ああ、ああ。判りました!僕が悪かった!ごめんなさい。」と先に謝って些細ないさかいを丸めて飲み込んでしまおうとする。ちっとも自分のほうが悪かったなんて思っても居ないくせに。
これもまた、思春期の男の子たちが経験する無愛想や反抗や激しい感情の爆発のオニイなりの形なのだろうか。

「うるさい!」
「駄目!駄目!」
「ばかやろう!」
「そうじゃないんだ、ほんとはね・・・」
「判ってよ、僕のこと」
気の抜けた、おどけた響きを持つ「むう。」という言葉の中に、オニイが親や兄弟に向かってはっきりと投げつけることのできない激しい感情や訴えの気持ちのかけらがポロリポロリとまぎれて光る。
友達も兄弟も、TVのタレントも劇画の登場人物も使うことのない「むう。」というオニイだけの言葉の中に、彼自身のオリジナルな自分を主張するささやかな自負の気持ちが、混じっているようにも思われる。

「今日は調子いいね。」
珍しくご機嫌よく、弟たちと遊び興じた後のオニイに声をかける。
「むう。」
それはちょっと照れくさそうな、上機嫌の「むう。」
にやっと笑うオニイの、思いがけない幼さの名残が見える笑顔に、母は少しほっとしたりする。


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