月の輪通信 日々の想い
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昨日、一日中、私は原因不明の高熱で壊れていた。 正確には、原因不明ではない。 父さんの個展前後のお疲れやら、工房での穴埋め仕事やら、子ども達の学校や稽古事の行事の多忙やら、オーバーヒートの原因として思い当たる事は山ほどある。それが全部、私の最大のウィークポイントである歯と目に押し寄せたに違いない。 「母のことは捨て置け。そなたらは、自分の身の振り方を自分で考えて、強く生きていけ。」 と言い残して、38度の熱の海を一日ふらふらと浮き、彷徨っていた。
熱の合間に、子どもらと父さんの声が聞こえた。 ああでもない、こうでもないと、レトルトスパゲッティーを調理している気配。 「お湯には、塩を入れてからスパゲッティーを入れるんよ。」 偉そうに父さんの指示を出すアユコの声。アイツ、言葉で指示はするくせに、自分ではあんまり動いてないみたいだな。 「かあさん、電話。」と3度もご丁寧に家庭教師勧誘の電話を取り次いでくれるオニイ。もうちょっと、電話の応対の仕方をちゃんと教えとかなアカンな。 「おかあさん、アイス食べる?プリン、たべる?」と、やたらやさしいアプコ。食べたいのはお母さんじゃなくてアンタでしょ。頼むから放っといて。 夕食後、遅くまでゲンが寝ずにうろちょろしていたのは、どうやら家の中でカブトムシが一匹脱走したらしい。だから、ちゃんと蓋をしておくようにいっといたのに。
子ども達が小さいときには、どんなにくたびれても熱を出して寝込むというような事はめったになかった。 「私が倒れたら、この子らの晩御飯はどうなる?」 そんな意地のような気力が、「母は強し」を習慣付けてしまったか。 最近、子どもらが大きくなって、一日くらい私がいなくても、何とか食べて寝るくらいの事は出来るかなという安心感ができたのだろうか。 時折忘れた頃にやってくる時限爆弾のような突然の発熱。 「年をとって、無理の利かない体に変わってきたのよ」といわれてしまえばそれまでの事。 子ども達が自分で生活できるように成長するということは、すなわち親も年をとるという事なのだ。
熱を出して一日家事を放り出しても、何とか家族が晩御飯を食べ、職場や学校へ出かけていけるようになったということ。 それは主婦にとっては、ありがたく心強い事。 けれども、毎日、お洗濯を干し、ご飯を作り、快適な寝床を用意するそれだけが仕事の専業主婦の私にとって、家族が放っておいても家事をちゃんとこなしていけるようになるということは、なんだか少し寂しくもある。 私自身の主婦としての存在意義って、一体なんなのだろう。 熱でもつれた頭には、重すぎる疑問がぐるぐる巡って、今朝の寝覚めも最悪だった。
今朝、目覚めたら、熱は37度台。 アプコから「七夕集会。見にきてね。」といわれていたけれど、「無理せんと、もうちょっと休んどり」と父さんに言われて断念。日の当たる所へ出ると目が回りそうになるので、やっぱり無理よねぇとうだうだしていたら、今度は父さんが 「急ぎの荷造り仕事があるんだけど、無理だよねぇ。」と困った顔で帰ってきた。 義兄は仙台、荷造り担当のNさんはこの間から急病で入院して病欠中だ。 お義母さんも体調がよくないらしくて、頼りにならない。 「やっぱり無理しちゃいかんよな。いいよ、やめとき、やめとき」 といいつつ、困っている様子はありあり。 「しょうがないなぁ」と勿体をつけてのろのろと荷造り場に入る。 先日の父さんの個展で売れた作品用の桐箱が仕上がってきて、その発送準備。 作品を包む布地を裁断し、紐を通したり、宛て紙をあてたり・・・。 微熱でぼんやりした頭では、今ひとつピリッと気合の入った荷造りができず、イライラしながら急ぎ分の仕事を何とか仕上げる。
うちに帰ってきたら、突然の夕立。 だんだん近づいてくる雷鳴に、アプコが「窓閉めようよ」と半泣きになる。 どうやらアプコはまだ、かみなりが鳴ると怖い鬼か何かが開いている窓から侵入してくると思っているらしい。 「大丈夫、なんにも来ないよ。」と呼び寄せて、傘を持たずに出かけた上の3人の心配をする。案の定、ぬれねずみが三匹。ワイワイと大騒ぎで帰ってくる。
夜、駅前で七夕のお祭り。 友だちと一緒に遊びにいく約束をしてきたアユコを送って駅まで。 とんぼ返りでアプコとゲンを連れて行く父さんを送って駅まで オニイと二人、静かな夕食の後、父さんたちを迎えに駅まで。 その後アユコを迎えに駅まで。 都合、4往復の送迎の運転。 短距離といいながら、呼ばれては飛び出す運転手役はしんどい。 ぶつぶつ文句を言いながら、出入りを繰り返す。
つい半日前には、「アタシがいなくても、家の中の家事が何とかなっていく寂しさ・・・」なんて拗ねていたのに、たちまちに「もうアタシを呼んでくれるな」 とお手上げ状態。 なぁんだかなぁ。 「アタシがいないとダメ」ということと、「アタシなしで勝手にやってくれぇ」という事の矛盾に右往左往しているうちに、朝からの微熱の曇りは気がつくとすっかり晴れてしまった。
夕立でびしょぬれになったシャツや父さんの作業エプロンを洗濯機に投げ込んでまわしていたら、カラカラと乾いた金属音がする。 慌てて洗濯機を止めて確認してみたら、濡れた洗濯物の下から、キラキラ光る500円玉と50円玉。 誰のポケットに入っていたものだろう? 「洗濯機の中から出てきた小銭は、洗濯担当者へのチップとみなす。」 それが我が家の鉄の掟。 丸一日の発熱と、微熱を押しての大忙しの一日へのお駄賃としてありがたく頂いておく事にする。
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