月の輪通信 日々の想い
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父さんの個展、3日目。 午後から子どもらと共に電車で会場へ向かう。 4人全員を連れて電車に乗るのは久しぶり。皆が幼いときには車内でお行儀よくさせるために、しり取りをしたり小さいお菓子を用意したりと何かと気を使ったが、その種の心配をする事もなく、長い座席に「うちの子」たちがずらりと座っているのはなんだか楽しい。 前の座席に、小学生くらいの二人の子ども連れの親子が座っていて、 「前の家族、面白いくらいそっくりやな。血はつながってないはずのお父さんとお母さんまで似てるね」 とオニイに耳打ちしたら、 「母さん、向こうもきっと、うちのことそう思って見てるよ。」 といわれてしまった。 はい、その通りです。 失礼しました。
個展会場では子ども達がぱっと散って父さんの新作をあれこれ見て回る。 徹夜仕事でくたびれてヘロヘロの父の姿は毎日のように見てきた子ども達だが、「父さんの邪魔はしないように」と仕事場へ出入りするのを控えていたので、新しくできた作品を見るのは今日がはじめて。 一人前の評論家の顔をして一つ一つの作品を眺めている。毎回個展の折には一番お気に入りの作品を一点ずつ父さんにそっと耳打ちしてくることになっているのだが、それぞれの子どもが選ぶ作品の傾向と言うのが何となく決まっていて、その好みや美意識がちゃんと育っているのだなぁということに気がつく。 茶陶のクラシックな作品を選ぶオニイ、絵画的な美しさを好むゲン。 決まった色彩の美しさにこだわるアユコ、形の面白さやかわいらしさに惹かれるアプコ。 それぞれに何となく一貫したものがあって、なるほどなぁと思う。 「こんなにいっぱい、一人でつくったんやなぁ。」とオニイがそっと感嘆のため息を洩らす。15歳のオニイにとって父の背中はまだまだ大きい。父の日々の営みの成果である作品の力が、将来の進路を決める岐路に立つオニイの胸に迫る。
帰りの電車の車中、電動車椅子のおばさんと乗り合わせた。 駅員さんに手伝ってもらって、介助の人もなく一人で乗り込んでこられて、ドアの近くで窓の外を見ておられる。 降りるときにも、くるりと自分で車椅子の方向を変えて、「ちょっと後ろから引っ張ってくださいな。」と駅員さんの手を少しだけ借りてさっさと降りていかれる。とても馴れた様子でもたつく事もなく、颯爽とした様子だった。 「母さん。 人間ってさ、体に不自由がある人でも幸せそうな顔をしている人もいれば、五体満足でもつまらなそうな顔をしている人もいるんだなぁ。」 オニイがアプコの頭越しに母に呟く。 「そだね、今の人を見て思ったの?」 「うん。たまに電車に乗るだけでも、学ぶ事はいっぱいあるよなぁ。」 どこかの誰かさんがいいそうな台詞。 近頃、期末試験のプレッシャーやら友だちとの些細なトラブルやら、何かと不機嫌な顔をしている事の多かったオニイ。 彼なりにいろいろ思うことはあるのだなぁ。 少年特有の無愛想も不機嫌も、オニイ本来の前向きの誠実さを失わせていない。くさることなく、前向きの発見を母に伝える事の出来るオニイの成長を嬉しく思う。
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