月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
子どもの頃、クラスには必ずとびきり絵の上手な子がいた。 美しい流線型のスーパーカーの絵を細かな部品に至るまで正確に美しく描く事ができた男の子。 お目目きらきらの少女漫画の美形のヒロインをさらさらとオリジナルで描いてくれた女友達。 美術の課題の風景画で、夕焼け空を描くのに大胆な紫と黄色を迷わず選んで微妙な色彩を生み出した美術部の先輩。 彼らの手から生まれる美しい色と形。 その過程はまるで夢か魔法のようで、いつまでも飽きることなくその手元の作業を見守る。それは描く事は好きだけれど画才には恵まれなかった私にとって、至福の時間だった。
幼いとき、「大きくなったら、絵を描く人と結婚したい。」と本気で考えていた時期があった。 おとぎ話や空想小説を書くことが好きだった私は、自分の考えたストーリーや主人公に色鮮やかな美しい絵を描いてくれる心優しい貧乏絵描きとの恋を夢見た。 今、考えると赤面してしまいそうな少女趣味。「幼い」ってことは怖れを知らんってことだなぁと、苦笑するばかり。
夫の個展の日が近い。 最後の追い込みの制作の日々が続く。 着想が決まるまでの悶々とした日々、作っては投げ出す試作の戦い、怒涛のごとく土に向かう連日の徹夜、窯のあがり具合に一喜一憂する朝。 土と釉薬にまみれて、どんどんくたびれて煤けていく夫の仕事着を洗う。 「愛情一本!」のドリンク剤を買う。 すぐに食べられてボリュームがあって、徹夜の仕事にも腹にもたれない、夕食メニューを考える。 飛び散った釉薬の残る夫の髪を梳く。 そして、「15分だけ・・・」とタイマーをかけて仮眠する夫の横に、するすると寄り添って横になってみる。 年に数回、「作家の妻なんだなぁ」と実感する数週間。
「いいのが、焼きあがったよ。」 窯出しのたび、夫は私を仕事場に呼ぶ。 凜凜と風の渡る竹林を描いた花入。 穏やかに静まった海原を模った水指。 はるか遠くに心を飛ばす青い山並み。 夫が見たもの、美しいと感じた風景、強く惹きつけられた空の色が、そのまま切り取られたかのように陶の素材に載せられている。 泥まみれの過酷な夜なべ仕事の成果が、こうして美しい色彩と心安らぐ形となって誕生してくる事の不思議。 そうして、こんな魔法の使い手が、ほかならぬ私の夫であるという事の幸福。
この人は自分の心の内にある美しいものに、美しい色と形を与える事の出来る人だ。 「美しいものを作り出す手」が私の夫のものであり、その手に守られて今日の日の私の生活があるのだということがしみじみと嬉しくなることがある。 もしかしたら私はまだ、貧乏絵描きと恋をする」という幼い日の憧れの世界を生きているのかもしれない。
吉向孝造作陶展
京阪百貨店守口店6階アートサロン
2005年6月23日(木)〜29日(水)
|