月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
土曜参観の代休でぶらぶらしているオニイとアユコを習字に送っていく。 先生のTさんとマンツーマンに近い贅沢な稽古の時間。 アユコは4月から習い始めた仮名の稽古。 オニイも初めて6文字の漢字の臨書に時間をたっぷりとる。 基本からこつこつ学んで少しずつ生真面目に上達していったアユコと、中学に入ってから急に習字を習いたいと言い出して、気まぐれに時々出かけて行っては好きな文字を自己流に書きなぐってくるオニイ。書道に対するアプローチの仕方がずいぶん違う。 先生から貰った手本を眺め、最初の印象で大まかな形を捉えて作品に仕上るオニイの書道は、どちらかというと絵画的だなぁと思う。基本の学習も押さえずに感覚だけで入っていった型破りのオニイだが、いつの間にか書道らしい趣も見えるようになってきた。これはこれでいいのだろう。
早くに今日の分を書き終えたオニイにTさんが高校受験や進路の事について話をする。 ○○をちゃんと勉強しておかなアカンよ。○○しておかないと××が困るよ。 受験のノウハウやら試験勉強のやり方など事細かに教えて、挙句にはYちゃんの数学の教科書を持ち出して、数学の乗法公式を教え始めた。オニイ、突然のスパルタ教師出現に面食らっている。Tさんにも中三生の娘があるので同じ感じでお説教してくれるのだ。 「ウチのYちゃんは、試験が近いというのに、○○の公式もあまり理解していなかった。昨夜遅くまで私が教えたんだけど、なかなか××が出来るようにならないのよ。オニイ君はこれちゃんとわかってるよね。」Tさんは元高校教師なので、中学生の数学くらいなら家庭教師代わりが務まるのらしい。 元来ウチでは、母親の私が子どもの教科書をいちいちチェックしたり、試験勉強の内容をにあれこれ口を出したりという事はあまり無い。 ふ〜ん、よその親はこんなに子ども達の学習内容を把握して、試験勉強を手伝ったりしているのかと私も感心してしまう。 Tさんちは、一人っ子。過保護にならないように気をつけているといいながら、子どもの学習内容から体調、友だち関係まで、いろんなことを母親が把握して口出ししているのに驚く。受験生とはいえ、親は15歳にもなる子どもの生活のこんなに細かなことまで把握して、いろいろ助言しておかなければならないのか・・・。 あたしには無理だ。
今朝、奇しくもアプコが私に訊いた。 「ウチのお母さんは悪い点数をとっても叱らないの?なんで?」 アプコにとっては母親は、ドラえもんに出てくるのびた君のママのように子どもが悪い点を取ってくるとガミガミとお説教をする物だというイメージがあるらしい。 「そういえばそうだねぇ、100点取ってもあんまり『凄いっ!』て褒めてくれる事も無いけど・・・。」とオニイも言う。 「別に・・・。悪かったものは悪かったで仕方がないでしょ。お母さん、ん、テストの点数の良し悪しにはあんまり興味が無いのよ。子どもに関しては学校の成績以外のことで気に掛かる事がいっぱいあるからね。」とはぐらかしておく。
この間から、オニイの進路の事について、父さんとも話をする事が増えた。 オニイの希望通り近隣の普通高校へ行くのがよいのか、父さんの母校でもある陶芸科のある学校を受験したほうがいいのか・・・。 オニイの気持ちや適性、経済的条件や家族の将来の生活設計まで、あれこれ考えていくとドンドン泥沼にはまっていくばかりで、何が最善の選択なのか誰にもわからなくなってくる。 長男であるオニイに家業の窯元の継承の可能性を探る我が家では、オニイの進路計画は家業の将来にもリンクする。 子ども達の未来だけでなく、窯元の存続を同時に考えている父さんにとっては、先の見えぬ息子の将来の進路決定は普通の父親以上に気に掛かるものなのだろう。
個展前の制作のイライラや工房の仕事の多忙によれよれに煮詰まっている父さんは、息子の進路の悩みもまた我が事のように抱え込む。 それはそれで、親として立派な事だけれど、なんだか息が詰まりそうな気がしてくる。 「ま、ね。いろいろ考えたって、結局の所、それはオニイの人生の問題よ。選択するのはオニイだし、その事で後悔するのも喜ぶのもそれはオニイの人生よ。」 私は投げるように言って、父さんの重い荷物を一つ下ろしてもらう。。 親が子のために良かれと思って勧めてやる進路決定、最善と思われる準備、自分の経験に基づく助言やお小言も、結果としてその子のためになるかどうかは誰にもわからない。 ならば子ども自身が自分の出来る範囲の中で充分に悩んで、自分で選んだ人生を生きてもらうより仕方がない。 私はそう思う。
「試験勉強を頑張るのも、勉強そっちのけで本を読むのも、結局それは君の選択だしね。だけど、その結果はよくても悪くても自分で引き受けな。」 と投げ出す母は、試験前に子どもに乗法公式を教えノートの取り方までチェックするTさんより、0点のテストにガミガミお小言を言うのびた君の母よりある意味たちが悪い。 「どっちがやりにくいかは微妙な所・・・」とオニイは思っているに違いない。 それで結構。 現実の世の中には、『どこでもドア』や『タケコプター』をいつでもポケットから出して与えてくれる気のいいドラえもんはいないんだから。
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