月の輪通信 日々の想い
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2005年05月27日(金) ゲンの自転車

日曜日のお茶会の準備に忙しい。茶室の庭や工房の玄関の掃除に精を出す。
「若葉茂れる」のこの季節になっても、茶室の垣根の根元や植え込みの中には落ち葉がいっぱい溜まっている。小型の熊手やブロワーで掻きだして集めて谷へ捨てる。秋の落ち葉かきは、木の葉の量も大量で大掛かりな作業だけれど、この時期の落ち葉かきは量は少ないけれど入り組んだ枝の間や石組みの中に入り込んでいて、手間と根気が必要だ。
地面に膝をついて几帳面に小さな落ち葉まで拾い集める義母と違って、何かと大雑把な私に春の落ち葉かきはあまり向いていないように思う。
この時期の落ち葉はほとんどが常緑の木の落ち葉。秋に色づいてワッと葉を落とす落葉樹と違って、常緑の木は新しい若葉が出揃った頃に静かにハラハラと古い葉を落とす。
後進の成長を見届けて人知れずハラハラと地に落ち朽ちていく。常緑の樹のその静かなたたずまいが、私はなんとなく好きだ。お掃除するのは苦手だけれど・・・。


5月27日(金)ゲンの自転車 前編
ゲンの自転車はオニイのお古のマウンテンバイク。ボディも錆さびだし、前カゴもひん曲がっている。おまけにサイズもそろそろ小さくなってきそうだ。「新しい、自転車が欲しいなぁ」といいながら、どうせ買うなら次は中学の通学にも使える大人用のシティサイクルを・・・とサイズが合うようになるのを待って、なんとか乗っている。
小学生の男の子にとって、マイちゃりんこは結構大事なアイテムだ。特に我が家は友だちの家や学校などから少し離れた山の中にあるので、遊びに行ったり習い事に出かけたりするのに自転車は重要な「足」でもある。

今日、ゲンの自転車が壊れた。
友だちの家に行く途中でチェーンが外れ、おまけに外れたチェーンを噛んで変速機の金具が捻じ曲がり、後ろのタイヤが全く回転しなくなった。
困ったゲンを見かねて近所のオニイの友だちのMくんちのおじいちゃんが故障の具合を見てくださったのだけれど、どうにも直せない。ふだんの整備不良のせいでチェーン付近の錆もひどく、がっちり食い込んでしまったチェーンはなかなか外れもしない。
「これはダメかも知れんなぁ。」との宣告を受けて、ゲンはそのままMくんちに自転車を置かせてもらい、後ろ髪を惹かれる思いで友だちとの約束の場所に歩いて向かったのだという。
後で聞くと、Mくんのおじいちゃんは若い頃自転車屋さんを営んでおられたそうで、元プロフェッショナルのご託宣とあらば、本当にゲンの自転車は再起不能となるのかもしれない。

炎天下に動かなくなった自転車をずるずると引きずって歩き友達の家まで走ってたどり着いたお疲れのせいか、愛車を失った喪失感のせいか、ゲンは意気消沈してしまい、とうとう夜の剣道を休んでしまった。
後で自転車を引き取りに言ったMくんのうちで、帰り際におじいちゃんから「こんなになるまでに時々油でも差して手入れしてやらにゃぁ。」とお小言を言われたのも胸にズシンと堪えたようだ。
あまりの落ち込みように、「しょうがないなぁ、ちょうど誕生日も近いことだし、新しいのを買うか?」と提案してみたりもするのだけれど、ゲンは愛車を壊してしまった自分を責めるばかりで、なかなか表情が晴れない。
取り合えず来週、ダメもとで自転車屋さんに修理に出す事にする。

5月30日(月)ゲンの自転車 後編
昼間ゲンが学校に言っている間に父さんがゲンの自転車を車に積んで、近所の自転車屋へ持って行ってくれた。
自転車屋のおじさんの口ぶりでは変速機の部品が一つダメになっているので、新しい部品を取り寄せる事になる。直せない事はないけれど、すぐに成長して乗れなくなる事を考えれば、部品代をかけるよりは新しい自転車を買ったほうがよくはないかという話だった。そのお店にはおじさんが修理整備したピカピカの中古の自転車も安く売られていて、金額だけ考えればおじさんの言う事ももっともだと思われる。
「新車を買う」
「新しい部品を購入して修理する。」
「変速機を外してしまって『変速機なし』で間に合わせる」
3つの選択肢が示されたが、どれも最善とも言い切れず、ゲンの帰宅を待って自分で決めさせる事にして、持ち帰ってきた。

あんなに新しい自転車を欲しがっていたゲンのことだから、新車購入の話に二つ返事で飛びつくかと思っていたけれど、結局ゲンが選んだのは代替部品を取り寄せて、古い自転車を修理してもらう事だった。
「やっぱり新しい自転車を買うのは、大人用の自転車に乗れるようになってからにしたいんだ。」
小さい頃からオニイのお古ばかりでおニューの自転車を買ってもらった事のなかったゲン。ぶつぶつ文句を言う事も多かったけれど、彼なりにおんぼろになった自転車への愛着もあるのだろう。
廃車寸前の古い自転車に高価な代替部品はもったいないかなぁとも思いつつ、ゲンの意見を尊重して再び自転車屋さんに持ち込むことにする。

夕方、自転車屋さんからの電話。
明日は定休日だから、今日のうちに取りにきてくれないかという。
部品を取り寄せると聞いていたのでもっと日数が掛かるかと思っていたので、あわててゲンと一緒に直行する。
「ありあわせの部品でなおしてみたんやけどなぁ、これで勘弁してくれるかなぁ。」
自転車屋のおじさんは、新しい部品を取り寄せる前に手持ちの中古の部品でなんとか修理を試みてくれたらしかった。てっきり廃車の運命かと諦めかけていたゲンにとっては、部品が中古だろうが新品だろうが、贅沢はいえない。 おじさんがからからとペダルを回すと、軽やかにタイヤが回り、変速機がカタンカタンと動き出す。
「わ、直ってる!」と大喜びのゲン。
「こんなもんでええかなぁ、部品は中古やけど・・・」と気にするおじさんに、「いいよ、いいよ」と二つ返事。
「あー、この子はなかなか融通の利く子やなぁ。」
とおじさんの方もあっさり大喜びするゲンに感嘆しておられる。
「あと1年半、頑張って乗ろうと思ってた自転車でね、直していただいてとっても嬉しいんですよ。よく直してくださいました。
と重ね重ねお礼を言う。

「お代は1000円、貰っていいかな。」
あらかじめ聞いていた新品の部品代の数分の一。
何度も汚れた自転車のタイヤをはずして、あれこれ整備に時間を割いてくださったはずなのに、手間賃も含めてたったそれだけしか請求されなかった。
そればかりか、「中古なのに部品代貰って悪いね。」というような口ぶりにただただ恐縮して頭を下げる。
さっそく乗って帰りたいというゲンに「気ぃつけて乗りや」と笑って自転車を引き渡すおじさんは、最後まで「今度新車を買う時には・・・」という言葉を言わなかった。
商売っ気のないおじさんだなぁ。

「快調!快調!」
ビューンと自転車を飛ばして帰ってきたゲンの晴れやかな笑顔。
「よかったねぇ、あの自転車屋のおじさん、ただもんじゃないね」
自転車を直してもらった嬉しさとともに、ありあわせの材料で鮮やかに古い自転車を再生させる確かな職人技に心温まる思いをさせていただいた。


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