月の輪通信 日々の想い
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2005年04月24日(日) 恥らう老人

金曜日に入院したひいばあちゃん、予想通りもう「帰りたい帰りたい」モード全開。
97歳とはいえ、普段は食事もお風呂もトイレも自立していて、誰かの手を借りる事はない。頭もまだまだかなりはっきりしていて、入院の数日前まで釉薬掛けの仕事場に入っておられた。「今日は頼まれていた仕事を片付けてしまうつもりだったのに・・・」と甚だ不満そうな顔で入院なさっただけに、ただただ安静の病院生活には初日から愚痴をこぼしておられた。
耳がとても遠いので、看護婦さんや医師とコミュニケーションが取れるかどうか心配はしていたけれど、看護婦さんたちも年寄りの扱いには慣れている様子。見た目は比較的元気そうでトイレも食事も介助を必要としないひいばあちゃんなら大丈夫だろうと、昨日は義兄夫婦や義父母が代わりばんこに様子を見にでかけた。

夕方、様子を見に行った義姉が看護婦さんから「ひいばあちゃんが暴れた」と聞いてくる。又聞きなのでどういういきさつかはよくわからないが、24時間繋ぎっぱなしの点滴の管を嫌がられたのではないかという。
また義父はひいばあちゃん自身から、「看護婦さんたちがいきなり私を丸裸にして体をふいた。恥ずかしくて耐えられなかった」との愚痴を聞く。
ひいばあちゃんは若い頃からお産も入院も経験したことがなく、点滴も看護婦さんによる介護も初体験。看護婦さんも家族も一応丁寧に説明するのだが、耳が遠いのでそのうちのどのくらいが理解されているかは分からない。
それだけに、ぽつんと見知らぬ病院においていかれて、知らない看護婦さんたちにあれこれ体を触られること自体が、受け入れがたいのだろう。
トイレもお風呂も全部介助無しに行ってこられたひいばあちゃんの自負心が介護者に体を預けて安静にすることをどうしても良しとさせない。

今朝、私が病室に入ると看護婦さんたちから、ひいばあちゃんがゴミ箱の中に排泄をしたといわれた。
蓄尿(一日分の尿をためて量を量る事)のために使っているポータブルトイレの脇のペーパー用のゴミ箱になみなみとおしっこが入っているという。「まぁ、器用なことをするね。」と笑っておられたが、後でひいばあちゃんによく聞いてみると、一旦ポータブルトイレでしたおしっこを後からゴミ箱に捨てたのだという。普段家ではひいばあちゃんは夜の間ポータブルトイレでした自分の排泄物を朝、自分でトイレに捨てて処理なさっている。今朝もそのつもりで、捨て場に困ってゴミ箱に捨てられたのだろう。
決して寝ぼけてゴミ箱でおしっこをしたのではなく、いつものように自分の排泄物を自分で処理なさっただけなのだという事を、しっかり看護婦さんにも伝えておいたが、だからといって処理の手間がさほど変わるわけではないのだろう。「はいはい」と笑って、聞き流しておられた。

同室の患者さんたちは皆食事や排泄に介助の必要なおばあさん達なので看護婦さんたちも年寄りの扱いには慣れておられて手際もよく、愛想よく声かけもしてくださる。
けれどもよく聞いていると年齢を重ねた老人達に対して子どもに話すような必要以上に噛みくだいた物言いで話しかける。
認識のはっきりしない(ように見える)患者さんの頭上で、家族の人と患者さんの存在を無視した形で容態の説明をしたりする。
着替えや排泄の最中に必要以上の人員が目隠しカーテンの中に出入りしたり、日常生活でははばかるような排泄物の話などをおおっぴらに口にして、笑う。
それは介護や看護に熟練した人たちにとっては、患者さんや家族の単調な入院生活を明るくする親しみの表現には違いないのだろうが、そういう場に慣れないひいばあちゃんのような自負心の強い老人にとっては、「子ども扱いされている」ように感じられ、精神的なダメージも大きいのではないかと思われる。「病気の時は、仕方がない」という気持ちの切り替えも老人には難しい。
齢97歳。耳が聞こえないために一見「認知症?」と見まごうひいばあちゃんではあるが、意識は甚だしっかりしていて聞こえさえすればかなりのことをはっきりと認識なさる事が出来る。
この年齢までこつこつと自分の仕事をこなし、強固な意志と自立心をもってここまで生活してこられた偉大なる老女も、看護者、介護者の目から見れば、聞き分けのない幼い子どもや恍惚と化した老人達となんら変わりなく映るのだろう
日々の看護としては当たり前の「清拭(体をきれいに拭く事)」が死ぬほど恥ずかしいと思うデリケートな恥じらいの気持ちがこの皺だらけの老いた婦人の中にいまだに残っている事を理解してもらう事は難しいのかもしれない。

「こんな所はかなわん。早く帰りたい」と何度も訴えられるひいばあちゃんに出来るだけついていてあげたいと思う。
少なくともひいばあちゃんが「死ぬほど恥ずかしい」とおっしゃる清拭だけは、時間を聞いて家族のものが付き添って、ひいばあちゃんが自分でなされるようにして差し上げようと思う。


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