月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
七宝教室へ出かける。 とても天気がよく暑いくらいの陽気。 近所の木々も急に新芽を吹き出し、目に青々と気持ちがいい。 家の窓からいつも見える、綺麗な円錐形の大木に、今朝、初めて白い花が満開に咲いた。名前も知らない木だけれど、毎年この時期になると裸樹に急に新芽が着きはじめ、ある日突然満開に白い房状の花がつく。 その見事な変身振りが鮮やかで、毎年新鮮な驚きを運んでくる。
駅への道をタッタカタッタカ早足で歩いていたら、近所のNさん夫婦に会う。 奥さんが私に「いつも元気そうやね。」とにこにこ声をかけてくださる。 「はぁ。そうですかぁ?」と間の抜けた返事をしたら、 「いつもさっさと元気よく歩いてはるわね。」と奥さん。 傍らからご主人も 「うんうん、なんかこう、元気があふれ出してるって感じがするね。」 とこちらもにこにこと相槌を打っておられる。 「あらら、そうですか。もうちょっとあふれ出してくれると痩せるんですけどね。」と軽口を言ったら、わっはっは!とこれまた夫婦おそろいで豪快に笑っておられた。 ここ数日、なにかと考え込む事が多くて、ちょっと凹んだ気持ちだった私。 お洗濯もからりと半日で乾きそうな気持ちの良い陽気に、「さぁ頑張ろう!」とゼンマイをキリキリと巻きなおしての今朝の外出。 そんな張り詰めた気持ちの在処を、通りすがりのNさんご夫婦にばっちり見抜かれてしまったようでちょっと気恥ずかしい。
私はタッタカ早足で歩くのが好き。 家から駅までの十分あまりの坂道を日に何度かは早足で歩く。 登校する子ども達と一緒に転げるように下る。 愛犬を連れて夜の山道をびくびくしながら散歩する。 主婦友達とお喋りしながらダラダラ坂を上る。 もやもやした気分やイライラした感情を振り払うためにも、時々私は気合を入れて一人でずんずん歩く。 山の緑の移り変わりや途中で会うご近所さんとの短い会話が、主婦の変わらぬ日常を勇気付けてくれる。
Nさん宅は御夫婦とおばあちゃんの3人暮らし。 お休みの日には裏山の大木の枝を払ったり、急斜面にブロックを組んで花壇を拵えたり、ご夫婦揃って大掛かりな庭仕事に精力的に取り組む様子をお見かけする。 その仲のよい穏やかな暮らしぶりは、離れて暮らす実家の父母の生活にどこか似ているようなところがあって、嬉しいような切ないような懐かしい気持ちを呼び起こす。 通りすがりの挨拶やちょっとした立ち話のお付き合いでしかないご近所さん。 毎日お会いしているわけでもないのに、時々今日のように、ビックリするようなタイミングで「楽しそうだね。」「元気そうにしてるね。」と、お褒めの言葉を投げてくだったりする。 それは全く偶然のタイミングで、お互いが意図したものではないのだけれど、その偶然さもまた、実家の父の気まぐれな励ましの間合いによく似ていてハッとする。
実はNさん、どこから見つけてこられたか、この日記の存在を知っておられる。以前に「読んでるよ」と教えてくださった。 身の回りの顔を知られたご近所さんに、つたない日々の雑記を読んで頂くことは甚だこそばゆい居心地の悪い事なのだけれど、時にはどなたかに暖かく見守っていただいているような嬉しい気持ちにさせていただくことがある。 それは離れて住む両親からの突然の近況報告の電話のように、そしてまた何十年来ご無沙汰のかつての恩師からの思いがけない季節の便りのように、判で押したような主婦の日常の繰り返しに、さっと爽やかな風となって吹き寄せてくれる。 ありがたいことだと心から思う。
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