月の輪通信 日々の想い
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2005年03月23日(水) 春の金魚

アプコが買っている5匹の金魚は昨年の夏、アユコが夏祭りの模擬店で捕まえてきてくれたもの。半年ほどの間にびっくりするほど成長し、小さな水槽があっという間に手狭になった。
冬の間、にごった緑色の水の中で時々見え隠れしていたのだが、世間が暖かくなってくるとアプコがしつこく父さんにせっつくようになって、ようやく水換えをしてもらった。綺麗になった水槽に新しい水草も買ってきて、ますます大きくなった金魚たちの姿に改めて感嘆する。
これが鯵なら、南蛮漬けにでも出来そうなサイズだ。

「おかあさん、みてみて!金魚さんたちが鬼ごっこしてる!」
とアプコがしきりに呼びにくる。
「暖かくなったから、元気に遊び始めたんね。」
と聞き流していたら、今度は父さんが
「一番大きい金魚、いじめられてるみたいだなぁ。」
と首をかしげている。
そばによって見てみると、確かに一番体格のいい金魚が他の金魚たちにしつこく追い掛け回されている。時には水槽の隅に押し付けられたり、水面にパシャンと跳ね上がったりして、いつものゆったりのんびりとすいぶん様子が違う。
「へぇー、金魚にもいじめってあるのかしらん。でも、こんなの初めてよね。」と眺めていて、ようやく気が付いた。
「これって交尾なんじゃない?」

ネットでいろいろ調べてみると、確かに暖かくなってくると、夜店の金魚も繁殖の季節になるのだという。とすればあの大きい金魚が雌、追い掛け回している3匹が雄、そして一匹だけ追いかけっこに加わらないでひょろひょろ遠巻きにしている小さいのは未熟な雄かセックスアピールの足りない雌なのだろう。
「これって、逆ハーレム状態だったのね。」
と父さんと笑う。

果てさて、この春の鬼ごっこの正体をアプコになんと教えようか。
「おしべとめしべ」のお話から、本格的な性教育に入るのには絶好の機会かもしれないが、金魚さんたちの鬼ごっこを手を叩いて楽しんでいる幼いアプコに男と女の営みのお話まで聞かせるには気が引ける。
ましてや、仮にこの金魚が産卵したとしても、放って置けば他の金魚たちが
卵を食べてしまって赤ちゃん金魚の姿は見られないだろう。
誕生の嬉しさの見られない生殖活動を初めての「性のお話」の題材に取り上げるのもなんだかなぁという気がして、アプコには真相を告げずじまいだった。

「おかあさん、いっつもおっきい子ばかりがおいかけられてるねぇ。」
無邪気なアプコが首をかしげる。
「ほんとにねぇ、意地悪されてんのかしらん。」
と調子を合わせていると。
「ちがうと思うよ。きっと、おっきい子はとってもジャンケンが弱いのよ。だから、いっつも追いかけられてるのねぇ。」
ああ、そう。
ジャンケンが弱いのね。
うんうん、今はまだそれでいい。
母はアプコの可愛いファンタジーにちょっとホッとした。

一日たって、水槽の中はまた静かなのんびりムードに戻った。
金魚たちの春の祭典はたった一日で終わったらしい。
昨日の大騒ぎがなかったことのように、平然と無表情に泳ぐ金魚たちはちょっと大人の顔をしている。


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