月の輪通信 日々の想い
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父さん隣のH市の公民館で講演会。うちの窯の歴史や作品について、約一時間半の講演をするという。 「どうしよう、えらい事引き受けてしもたなぁ」 と、ここ一週間、父さんは資料をそろえたり、古い作品の写真を用意したり、まるで夏の終わりの小学生の様な形相で慣れない講演の準備に追われていた。 今年は、初代吉向が大阪の十三に窯を開いてちょうど200年。 うちの窯の歴史の大きな区切りの年でもある。 義父や義兄はこれまでにも展覧会やお話の会等で作品や窯の歴史についてお話しする機会は多かったか、日頃、主に制作担当で講演の経験は少ない父さんにとっては、今回がまさに講演会デビュー。 お話しする内容は、幼い頃から何度も何度も聞かされた先代さんの逸話や江戸時代に各地のお庭焼に関わった初代さんの活躍など、父さんにとってはなじみの深い昔話のような親しいお話ばかり。 陶芸教室などで人前で話すことには慣れているはずの父さんも、マイクを前に改まっていお話をするとなると、なかなか勝手が違うらしい。 うちの窯のことを知らない方にも楽しめるようにと、たくさんの資料写真を集めたり、裏づけを取ったりと、事前の準備だけでも、あれやこれやと忙しく横で見ているだけでも何となくハラハラと胃が痛くなる想いだった。
今日、講演会当日。 「奥さん同伴で講演にいくのは、かっこ悪くてイヤだなぁ」と渋る父さんに、荷物持ちにかこつけてついていく。 父さんの講演会デビューの晴れ姿を見届けておきたい気持ち半分。 心配な気持ち半分。 まるで参観日の母の心境。 会場の隅でレコーダーのスイッチを押し、演壇の上の父さんと眼が合うことのないように、一度も顔を上げないように務めて速記者のようにメモを取ることに集中する。 会場にお見えになった方の中には陶芸教室の生徒さんや、スタッフ講習でお世話した方などおなじみのお顔もたくさんならんでいて、父さんの緊張も次第にほぐれてきたようだった。
一時間半の講演を、ほぼ時間いっぱい使って話し終えた父さんの顔はにこやかだった。 父さんの話の内容をびっしりと書き起こしたレポート用紙は実に12枚。 窯の歴史の変遷に古い作品の解説もまじえて、そこそこまとまった形の講演内容になった。 あくまで実践派で、研究内容をまとめたり講演をしたりすることが決して得意ではない父さんにも、200年受け継がれた父祖代々の功績や何度も聞き覚えた義父の昔話など豊富な挿話や作品の歴史が大きな助けになっていたように思う。 「語るべきものをたくさん持ち合わせている」と言う事は、話術の巧拙に関わらず、面白い話を語る大きな力になるということがよくわかった。
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