月の輪通信 日々の想い
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「おひな祭りには、ちらし寿司ね。」とアプコは数日前からすいぶん張り切っていた。 錦糸卵にイクラや三つ葉を散らしたお祭り気分の一皿の嬉しさのほかに、大きな寿司桶の周りでパタパタと団扇を使い、甘い寿司飯をお味見しながらお料理をする楽しさに、ワクワクと心躍らせていたようだ。 昨日は園からの帰り道、アプコと二人でちらし寿司に入れる具材を一つ一つ指折り数え上げて買い物の相談をしながら歩いた。 「ほそ〜く切ったたまごでしょ、イクラでしょ、えびでしょ、カニかまぼこでしょ・・・・それから、スポンジみたいの、アレ、なんだったっけ?」 「あはは、高野豆腐!よく覚えてたねぇ。」 アプコが思い出すのはお子様用に彩りに加えた華やかな具材ばかり。にんじんや椎茸、ちりめん雑魚のようなオーソドックスな具材の名前はなかなか上ってこない所がかわいらしい。 「それからね、アレも買うんでしょ。アレ、アレ・・・。ス、シ、ズ!」 「寿司酢!難しい事、覚えてたねぇ!」 にんじん椎茸は忘れているのに、妙なものを妙にはっきり覚えているアプコ。前回ちらし寿司をこしらえたときに、普段は使わない頂き物の寿司酢を初めて使ったのを記憶していたらしい。 楽しい経験とともに覚えた記憶と言うのは、存外はっきりと長く消えないものなのだなぁと改めて感心する。
「いっぱい、買い物してこなくちゃね。覚えられるかなぁ」 と話していたら、夕方、夕食の支度をしに台所に立つと、流しの上にたどたどしいアプコの文字のメモ書きがハラリとおいてあった。 「たまご しいたけ きゅうり かにかまぼこ・・・」その最後には、忘れず「すしず」のひとこと。 ちらし寿司の買い物メモだ。 鏡文字満載のつたない文字だが、ちゃんと右から左へ、一言ずつ箇条書きにして、上手に並べて書いてある。それはいつも私が冷蔵庫に貼り付けている備忘の買い物メモとおんなじ書き方。こんな所まで、子どもって、真似をするんだなぁ。 「ねぇねぇアプコ、これなーに?」 メモの真ん中あたりにある『みつばのくろうばー』 「あのね、なが〜い棒のついた葉っぱみたいの・・・小さく切ってパラパラってかけるでしょ」 「あ〜あ、三つ葉のことね。」 シロツメグサの四葉を探すのが好きなアプコらしい命名。ほんとのところ、シロツメグサと薬味の三つ葉は同じだと思っているらしい。 春の日の摘み草の楽しさと、イベント気分のちらし寿司の嬉しさがどこかでイメージとしてつながっているのかもしれない。
「アユ姉ちゃんがいないからアプコにカニかまぼこ、切ってもらおうかな」 いつもお料理好きのアユコが独占する包丁係をアプコに任命してみる。いつもは「やりたい、やりたい!」というくせに、オネエのサポート無しではちょっと自信がないアプコに、パックのままのカニかまぼこと包丁まな板を与えて、その場を離れてみた 「手ェ、切ったらどうするのよ!」 とぶつぶつ言いながらも、自分でパックを開け始めるとアプコは急に無口になって、そのうち、コトンコトンとのんびりした包丁の音が聞こえてくる。 傍らからそっと覗いて見ると、左手をお行儀よく「猫の手」の形にして赤いカニかまぼこを一本ずつ丁寧に刻んでいる。その手つきも慎重さも幼い頃のアユコにそっくり。近頃しっかりアプコの「第二の母」となったアユコの料理指南の賜物だろう。 「綺麗に切れたよ!」 とできばえを家族みんなに触れ歩く嬉しそうな顔に、「この子もアユコのように料理好きな女の子に育ってくれそうだな」と嬉しい予感がした。
おばあちゃんちから借りてきた大きな寿司桶で作り上げたちらし寿司は8合分。 小さなお重に詰めてまずはおじいちゃんおばあちゃん達におすそ分け。 錦糸卵にイクラや三つ葉を飾る作業は、本日功労賞のアプコが大威張りで仕上げて、風呂敷に包んで配達に出かけていった。 「今年はあたしが作ったよ」と得意満面で説明している事だろう。 今年の雛の日はちょっと嬉しいアプコの包丁記念日。 きっと「得意料理はちらし寿司よ」と、あちこちで公言するようになるだろう
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