月の輪通信 日々の想い
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愛車のトッポの調子が悪い。 しょっちゅうバッテリーが上がるのだ。 ことに寒い朝など、一発目エンジンキーを回すのがドキドキものだ。ヒーターやラジオの電源が切ってあることを確認して、気合を入れてアクセルをグワンと踏み込みながら、エンジンをかける。 「パスッ、パスッ」と2,3回、失敗するともうだめだ。 どうにも動かなくなると、「おと〜さ〜ん。」とSOSをだす。「参ったな」と父さんが仕事を中断して、自分の車を持ってきて、バッテリーコードをつないでくれる。
バッテリー上がりが出発前に判かればまだ、それはそれでいい。 困るのは出先で、エンジンがかからなくなってしまったときだ。 年末には、ゲンを連れて出かけた剣道の試合会場で、「さあ、帰ろう」というときにやられた。たまたま持っていた借り物の携帯電話で父さんを呼んだ。 「しゃぁないなぁ」と年末仕事で目も回る忙しさの中、父さんは駆けつけてきてくれた。申し訳ない気持ちですごすごと父さんの車の後に連なって帰ってきた。 おんぼろトッポのバッテリーがかなり傷んできてるのはわかっている。それでも、いつもいつもというわけでもないので、だましだましで乗っている。足代わりのトッポを修理に出すのは一日だって結構痛い。定期点検も近いことだし、だんだん一発でエンジンをかけるコツのようなものも判ってきた。 なんとかもうひと頑張りしてくれと、ずるずる不調のトッポを酷使している。
今日剣道の帰り、用を思い出してドラッグストアに立ち寄った。 買い物を済ませ、荷物をばんばんと積んで車に乗り込んだら、「パスッ、パスッ」ときた。 「わ、やられた。」 気合を入れて2度、3度やり直してみるが、エンジンはかからない。 ダメだぁと、早々に諦めて父さんに連絡を取る。困った事に携帯電話を持っていなかったので、近隣の閉店間際のスーパーの公衆電話に駆け込む。 とうさんは、この時間、まだ仕事場で仕事をしている。「ごめんよ、ごめんよ」と平謝りでSOSをお願いする。 「まいったなぁ・・・」 車に戻ると、稽古後の剣道着姿のまま不安げな顔のオニイとゲン。 「父さんがすぐ来てくれるからね。」 と運転席の戻り、念のため、ダメでもともとと、もう一度エンジンをかけてみる。
ぶぶぶ、ぶるん! かかった?! ありゃりゃ、かかっちゃったよ。 もう一度慌てて電話をかけに言ったけれど、父さんはもう家を出た後で、携帯電話も持ってでなかったらしい。 仕方がない。入れ違いにならないように父さんが来るまで待っているしかない。何やってるんだかなぁ。 「父さんに悪いことしたなぁ。忙しそうだったのに・・・。」 「う〜ん、スーパーマンが颯爽と登場したら、到着する前に既に消防自動車が火を消したあとだったみたいな感じだねぇ。」 オニイが横から絶妙な比喩で笑わせてくれる。
待つこと十分弱。 ビュンと駆けつけてくれた父さんの愛車は確かにスーパーマンのように颯爽と見えた。隣の駐車スペースに車を止めた父さんに窓越しに「ごめん、かかっちゃったよー!」と身振りで伝える。 「あ、そう・・・。はぁん。」と気抜けした返事で笑う父さん。 「悪かったねぇ、急いで電話したんだけど間に合わなくて・・・。」 「いいよいいよ、ま、かかってよかったよ。せっかくここまできたから、ちょっと買い物してくるわ。」と、すたすたドラッグストアに入っていた。 「ふん、スーパーマン、出番なしだったね。」というオニイ。
でもねぇ、とうさんってホントにいい人だよね。 こんな時間に、無駄足を踏まされても、一言も文句を言わなかったよね。 ああいう優しさって、アタシにはないなぁって、おかあさんはいつも自分で思うんだよ。 だから、無駄足を踏んで間が抜けて、ちょっとかっこ悪くても、やっぱり父さんはおかあさんにとってはいつでもピンチを颯爽と救ってくれるスーパーマンなんだよ。
多忙と疲労で出来た口内炎の塗り薬を買ってきた父さんの車のあとについて、おんぼろトッポでようやく帰路についた。 「どこまでも貴方についていきますってか?」 ホッとしたオニイとゲンがワイワイと騒ぐ。 思いがけないスーパーマンの先導で家路を急ぐ車中の楽しさ。 なんだかちょっと嬉しくて、トッポもぶんぶん弾んでいるように感じられた。
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