月の輪通信 日々の想い
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朝、寝坊の子どもたちを放置して、朝食の支度をしていると、父さんが仕事場から慌てて飛んで帰ってきて、今すぐ駅まで車で送って欲しいという。今朝は早めに出かけると聞いてはいたけれど、早朝からぎりぎりまで工房で仕事をしていて遅くなってしまったのだ。バタバタと汚れた仕事着を着替え、身支度をする父さん。 「あ、朝ごはんは?」 「食べる時間ない!それよりトッポのエンジンかけてきて・・・。」 送迎用のおんぼろトッポはこのごろバッテリーが不調。こんな寒い朝に一発でエンジンがかかるかどうか、ドキドキものだ。 毎度毎度済まないねぇと猫なで声でご機嫌をとりながら、エンジンキーを回す。ブルンブルンと不機嫌そうに唸りを上げるトッポ。フロントガラスもリアウインドも凍りついた霜で真っ白だ。ぬるま湯をかけて溶かしても、解けたそばから、ピキピキと凍り付いていく。寒いなぁ。
ふと思いついて、お皿に炊きたてのご飯を盛り昨晩の夕食のドライカレーをかけてレンジでチン。スプーンとペットボトルのお茶を引っつかんで、トッポに持ち込んだ。 駅までの道のりは車で10分弱。あわただしい時間だけれど、その間に父さんは朝食が取れるだろう。 「車の中でカレーって、どうよ。」 といいながら、乗り込んできた父さんがカチャカチャとカレーを食べる。 車中に充満するカレーの香り。途中、ウォーキング中のご近所の人に見つからないように、背中をかがめてスプーンを動かす父さんの様子がおかしくて、運転しながらひとしきり笑わせてもらった。
昨日今日と、父さんは古い窯業の歴史や窯跡発掘に関するシンポジウムの講義を聴講するため、隣県の大学へ出かけていくのだ。 正月明け、年末からおしている工房の仕事の段取りをつけ、ぎりぎりいっぱいの忙しさの中、あえて学ぶために出かけていく父さん。プロとしてある程度自分自身の仕事を確立し日々充実していくさなか、それでもなお新しいことを学ぶ機会を取り逃がさず、あわただしく出かけていく父さんの心意気を偉いなぁと思う。 いくつになっても、どんなに普段の生活が当たり前に過ぎていっても、時にはうんと気合を入れて、新しいことをがっちり学んでくる機会を持つという事は大事な事だ。 車の中でカレーをほおばる父さんは、授業に遅刻して慌てる学生のようでなんともさえない姿だけれど、こういうなりふり構わない探究心がこの人の一番の魅力なのだと思ったりする。
駅のロータリーで父さんをおろす。 「大事な講義で居眠りしないでね。」 と、憎まれ口で送り出す。 ヒョイと手を上げ、改札へ向かう父さんを横目で見送る。 帰りの車中、ダッシュボードに乗せたカレー皿の中でスプーンがカチャカチャ鳴って可笑しかった。
新しいことを学ぶ努力。 それはきっと平凡な主婦の日常にも、きっといくらか必要なこと。 今年も何か、新しいことを始めよう。 遅ればせながら、今年の抱負。
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