月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
PTAの広報紙。印刷所から配達されたものを各クラスごと部数に分けて配布準備完了。ようやくホントにお役御免だ。よく頑張ったね、ワタシ。
午後、アプコの園バスを迎えに出る。 朝は徒歩で駅前まで歩いて行くが、帰りは買い物のついでなどがあったりして、いつもはたいてい車で迎えに行く事になっている。ところが今朝、アプコが「今日は歩いてお迎えに来て」という。 どうやら来春から、小学校の登下校で同じ道のりを一人で歩いて行く事を意識しての事らしい。 いつも母の手にぶら下がるようにして歩いていたアプコが、急に手を離して一人で歩きたがったり、横断歩道を一人で歩きたがったりするのも、一年生になった自分を見越しての事なんだなぁ。 ぴかぴかの一年生への憧れの気持ちで、うんと胸を膨らませているアプコの成長振りが可愛い。
園バスから降りてきたアプコとともに、ちょっとした雑用で少し遠回りで帰路に付く。アプコ、見慣れた坂道に来ると 「あ、この道、知ってるー! 坂道ってね、ぴゅーっと速く走れるからすきーっ」と本当にぴゅーっと短い急な坂道を全力疾走で駆け下りていく。 「アプコ、ストップ!ストップ!」とよぶ声も聞かずにどんどん走って角を曲がっていってしまう。 そこからは、長いダラダラ上り坂だというのに、少しもスピードを落とさずに駆けていく。運動不足の母にはもう追いかける気力もなくて、ずっと先を見え隠れしながら走っていくアプコの背中をやっと目で追う。 母の手を離れて、すっかり落葉して明るくなった山道を一人でどんどん駆けていく楽しさに、アプコの足は弾んでいる。ちょうど思いがけなくクサリをとかれた飼い犬が狂喜して駆け回るのと同じように、アプコのスピードは思いがけなく速い。 何度か母を振り返りながら走るアプコの姿が、終いにはカーブを越えて見えなくなって、私は追いかけるのをあきらめてとぼとぼと一人で歩いた。
来春からは、アプコもこの道をこうやって一人で走って下校するのだ。 オニイもアユコもゲンも、みんなそうやって登下校してきたのだ。 一年生の最初こそ、下校時間を見計らって迎えに出たりもするのだが、それこそいつまでも母のお迎えで下校するわけにも行かない。 帰りの道には、お友達のうちこそないものの、小さいときから顔なじみのおばあちゃんやおじさんおばさん達のお家がある。 季節によってはハイキングの団体さんなどもたくさん通っていて、昼間は結構人通りもある。 それでも、いつも手をつないで母と一緒に歩いてきたアプコがたった一人でこの道を登下校するのだと思うと、なんだかぐっと不安になる。 小学校では先日、全校児童にお揃いの防犯ベルの配布が決まった。奈良の痛ましい事件の後、近隣でもいくつか不審者の情報が流れたりして、地域の人のボランティアによるパトロールも始まったという。 憧れの赤いランドセルに胸膨らませて駆けていく小さな娘の手を、「行っておいで!」と晴れやかに離してやることが出来ない世情への不安にはやはり胸が痛む。
最後のカーブを曲がってもアプコの姿は見えなかった。 のろのろと遅い母に苛立って、はぁはぁと息を切らしたまま、うちまで走りとおしたのだろう。 玄関を開けると、駆け足のまま脱ぎ散らかしたアプコの通園靴。 階段の上から、「速かったでしょ!」とアプコの顔がのぞく。 「速すぎて、お母さん、とっても追いつけなかったよ。」と言ってみる。 本当は「誰かに連れて行かれちゃったら怖いから、一人で走って帰っちゃダメじゃない!」と小言の一つも言いたい所だけれど、得意げなアプコの笑顔を見ているとその得意げな声に水を注すのも憚られる。「世の中には悪い人がいっぱいいるんだよ」と人間不信をあおるのにも忍びない。 「せっかくアプコと歩いて帰ろうと思ったのに、お母さん一人で置いてきぼりでつまらな〜い。」とわざと拗ねたようにアプコをなじる振りをして、もやもやとした思いを晴らす。 「ごめんごめん、明日は一緒に歩こうね。」 すりすりと体を寄せてくるアプコの口調は、世話好きでしっかり者のアユコにそっくりだ。 アプコにはおいおい、自分の身を守る術を教えていくことにしよう。 そして、お姉ちゃん譲りの生真面目な賢さと、全力疾走の脚力と、お守り代わりの防犯ベルに期待して、祈りながらこの子の駆けて行く背中を見送るしかないのだろう。
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