月の輪通信 日々の想い
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2004年11月26日(金) ゴホンゴホン

小学校、マラソン大会。
いつも寝起きのいいゲンがなかなか起きてこない。
先に起きてきたアプコが「ゲンにいちゃん、起こしてくる。」と飛んでいってしばし。どよ〜んと鬱陶しい顔をしたゲンがコンコン咳をしながらのろのろと降りてきた。
「どした〜? どよ〜んとした顔してるなぁ。マラソン大会なのに元気出せよ!」
走るのが苦手な我が家の子ども達。先に起きてきたアユコもなんとな〜く「いやだなぁ」の顔をしているのがよくわかる。マラソン大会って、ヤだよね、うんうん分かる分かる。

ゲンの咳がしつこく続く。
うそ臭いほど、しつこく続く。
「おかあさん、今日のマラソンはちょっと・・・」
ほら、やっぱり。
「え〜、走らないの〜?せっかく応援にいくのに。」
「う〜ん、ちょっと・・・・」
ことさらにコンコンと咳をして、でもやっぱり「休みたい」と言う言葉はあやふやに濁す。
はは〜ん、と思う。
オニイや父さんも「さては?」という顔で、目配せを送っている。
すったもんだの末、マラソンカードには「参加」にしっかり印を押して、「頑張っていって来い」と追い立てる。

「あれはきっとズルだよね。」
子ども達が登校した後、父さんと話をしていたら、保健の先生からの電話。
「マラソンカードでは『参加』になってますけど、ずいぶん咳がひどいようです。どうしましょう。」
電話口の後ろでゲンの激しい咳の音が聞こえる。
「う〜ん、やっぱり行きましたか。微妙なトコなんですよね。確かに風邪は引いてるんですが・・・。」
と朝の顛末を説明する。保健の先生も「そういわれてみると確かにちょっとね。」とことさら大げさなゲンのコンコンに首を傾げていらっしゃる様子。
「いいです、先生。スタートぎりぎりになって、本人に決断させてください。周りからは『休んどいた方がいいね』なんていわないでくださいね、自分で『休む』と言わせてください。」
と念を押して電話を切る。
「あはは、やっぱりな。」
横で聞いていた父さんが笑っている。

スタート時間に間に合うように小学校へ駆けつけると、果たしてゲンは日当たりのいい校庭の花壇のふちに友達と二人で座っていた。足をぶらぶらさせて、なんだか楽しそうにスタートラインの級友達を指差して話をしている。
「あ、やっぱり、さぼったな。」
物陰からそっと見ていると、朝にはあんなに体をよじ曲げて咳をしていたのに、ぜんぜん咳き込む様子もなくて、穏やかなひなたぼっこを楽しんでいるみたい。
そ〜っと近づいていって、「アレレ、やっぱり走らなかったの? 咳してないじゃん。」と意地悪くゲンにささやいてみた。
ビクンと飛び上がったゲン、思い出したようにまたゴホンゴホンと咳をする。
怪しい、怪しい。

「おばちゃん、そんな事言わん方がいいで。」
隣で一緒に座っていた仲良しのUくんが、妙に大人びた口調で私に言ったので面喰った。。
う〜ん、どういう意味なのかなぁ。
「ほんとにしんどくて休んでる子に、『さぼったな』というのはよくないよ」ということなのか。
「せっかく一生懸命仮病を使っているんだから、武士の情けで見逃してやれよ」ということなのか。
「僕は喘息なんだけどね。」
と、言葉を継いだUくんの口調に真意を量りかねて、あやふやに答える。
「いやぁ、ゲンの咳はちょっと怪しいんだよ。マラソン嫌いだからね。」としなくてもいい言い訳をしてみる。
傍らでゲンは再び、大げさな咳をはじめた。

なんだかなぁ。ま、ちょっと間は抜けているけど、先生方に首を傾げさせる程度の演技力と知恵がついた分だけ成長したと言う事なんだかなぁ。
最後尾を走りながらもへらへらとわらって手を振ったオニイ、「いやだなぁ」と言いながら渋々全力を尽くすアユコ、我が家のマラソン大会はいつも苦渋に満ちている。
ゲンも数日前から「僕、マラソンは遅いんや。」と気にしていたようだったからきっととっても嫌だったんだろう。
「サボりたいなぁ、風邪ひきたいなぁ」と念じて空咳をしていたら、いつの間にか自分でも仮病なんだか、ホントの病気なんだかわかんなくなっちゃう
ことだって確かにある。
何とか「いやだなぁ」に負けないで頑張る我が子も見たいけれど、周囲の疑惑の目を押し切ってちょっとズルの気分を経験する事もきっとゲンにはいるのだろう。

先頭を切って、晴れ晴れとゴールしていくクラスメートの姿を見て、Uくんがぼそぼそとつぶやいた。
「あんなに速く走れるんだったら、ぼくだって、マラソン大会は楽しみなんだろうけどな。」
「そだね。でも、それが君の人生だ。頑張って生きていけ。大人になったらマラソンなんてしなくていいんだからね。」
と、U君にはちょっとふざけて答えたけれど、彼の気持ちはよくわかる。
マラソンをしなくてもいい年になった今だって、
「一生に一回くらい、我が子が一番でゴールテープを切るシーンをみてみたいよね。」
なんて、思ってしまう事がある。
でもね、かけっこの遅い僕も、仮病でする休みしちゃった僕も、それからいつも最後尾でみんなから遅れてゴールする僕も、み〜んな大事な「僕」なんだ。
そのことをちゃんと分かって、見ててくれてる人がいるよ。
二人ともそのこと、気付いてね。


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