月の輪通信 日々の想い
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今日は変な日だ。
夕食の支度をしていたら、ぼそぼそとやってきたゲンが声を潜めて訊く。 「おかあさんはお父さんのどんなところが好き?」 はぁ?なにをいきなり・・・と思ったけれど、珍しくしつこく食い下がるので、 「優しいトコ。家族思いなトコ。働き者なトコ。いい作品が作れるトコ。かっこいいトコ。それからね、お母さんのことを好きだといってくれるトコ。こんなもんでどう?」 と早口でまくし立てた。 「ふうん。」 とさほど面白くもないという顔で、訊くだけ訊いていってしまおうとするので、 「なんだいなんだい。急に変な質問をして、一生懸命答えてやったのに返事は『ふうん』だけ? なんかちょっとコメントしていきなさいよ。だいたい、何でそんなこと急に今頃訊くの?」 「べつに・・・・。ただ、なんでかなぁと思って。」 「それだけ?・・・ははぁん、わかった、ゲン、恋をしてるな?誰か好きな女の子、いるの?」 とからかってみたら、意外や意外。 「いないこともないけど・・・。」 と妙に真剣な答えが返ってきて、意表を付かれた。 女の子なんて、すぐ泣くし昆虫は怖がるし煩いし、興味ないぜぃ!というスタンスを崩した事のなかったゲン。 ほほう、そろそろ色気づいてきたかい?
・・・・で、しばらくしたら、おずおずと近づいてきたオニイが訊いた。 「な、おかあさんの生きがいって何?」 はぁ、なにをいきなり・・・再び。 「かわいい子ども達の成長よ」と即答したら、 「ぼく、まじめに訊いてるんだけど・・・」とむっとしたようなオニイの答え。 「なによ、それ。お母さんだって大真面目に答えてるよ。子育てが生きがいではいけませんか?」 「だ、ダメって事ないけどさ・・・」 とオニイの反応も、いまいち切れが悪い。 なんだかまた、想うことがあるのだろうなぁ。 「なんなの、なんなの、青年!またなんか悩み事ですか?」 「いやぁ、べつに」 と早々に話を切り上げるところを見ると、まだまだ母には打ち明けたくないのだなぁ。
一日に2度も子どもから、人生を問われて、母も少々もの思う。 あたしってば、何のために生きてんの? あたしの人生、これでいいの? そんな事を思う暇なく、毎日、お洗濯を干し、キャベツを刻み、掃除機をかける。その一つ一つの意味をいちいち問う事はしないけれど、別の人生を選べばよかったとか今の生活を放り出して飛び立ってみたいとか、そういう後悔や衝動には縁がない。 41歳。ぬるい湯につかったようなゆるゆると穏やかな今の生活が私には大事。それで、いい。
子ども達が突然、突拍子もない問いを投げるのは、決まって何かに迷って道を失いそうな時か、自分自身の高ぶる気持ちを母に聞いてもらいたいときだ。そしてその時、彼らが求めている答えは母の中途半端な人生観ではなく、彼自身の迷いや衝動を導き暖めてくれる言葉なのだ。 でもその答えは母の口から簡単に投げて与える事の出来ない、彼自身の答え。自分で迷って導き出すしかしょうがない事なんだ。 だからこそ、彼らの問いには少しのユーモアを交えて、できるだけポジティブな答えを選んでやりたいといつも思う。 「おかあさんはどう思うの?」と問われた時、私が与えられるのは正しい模範解答ではなく、応用できるかどうかも怪しい例題の解き方のヒントに過ぎないのだ。
オニイ、「なんかまた、調子悪いわ。」と体調不良の予感。 きっとまた新たな悩みがあるのだろう。 ポツリポツリとにきびの出始めた少年の顔には、青春の苦い戦いの始まりの色が浮かぶ。 頑張れよ、オニイ。 頑張って、明るく迷え。
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